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立ち飲みおにぎりの新業態広州で戦う日本人オーナーシェフ

日本食店がひしめく広東省広州市の天河区に、“立ち飲みおにぎり”というユニークな業態の店が誕生した。おにぎりを主役とする店は新しく、流行に敏感な中国の若者の心をつかみ始めている。同店を手がけるのはオーナーシェフの岩田忠幸氏。日本、香港と約20年、飲食店経営に携わり、2019年から活躍の舞台を広州へと広げた。岩田氏が中国の飲食ビジネスで重要だと説くのは「素早い対応」と「時流に乗る」ことの2点だ。【広州・畠沢優子】

クリスマスバージョンののれんがかかる旅籠屋。店名には海外でがんばる人が休憩する場所になればいいとの願いを込めたという(旅籠屋提供)

おにぎり店「旅籠屋(はたごや):Hatagoya」は、日本食を提供する居酒屋が軒を連ねる地域の一角にある。白いのれんをくぐると、ショーケースには15種類のおにぎりがずらりと並ぶ。塩にぎり、わかめ昆布(玄米)、梅……。日本人には懐かしい具材のラインアップにほっこりと心が和らぐ。
旅籠はかつての日本で、旅人の休憩場所だった。店名には海外でがんばる人が休憩する場所になればいいとの願いを込めた。
提供するおにぎりは店内で握る。コメは中国東北産のジャポニカ米で、炊き上がると粘りがあって柔らかくておいしい。価格は1個8~24元(約160~480円)。
9坪ほどの店内にはショーケースを中心に、コの字形のカウンターを配置。おにぎりのほか、おでん、牛肉豆腐や鶏唐揚げ、枝豆などのおつまみ、ソフトドリンク、酒類も提供する。
当初はテイクアウトを中心にするおにぎりの専門店とする考えだったが、店舗周辺には飲み屋が多いことから、夜の飲食需要があるとみて、立ち飲みのカウンターを設けた。
9月末に開業して3カ月余り。客層は当初の日本人中心から広がりをみせ、現在の客層は日本人と中国人で半々。昼間は子連れの日本人の主婦や流行に敏感な中国人の若い女性、夜はカップルや日本人ビジネスマンが訪れる。
岩田氏によると、中国人に一番人気の具材は「トロトロ卵の牛すき焼き」(24元)で、若い女性が「映える」と買い求めることが多い。日本人には「紅しゃけ」、「ツナマヨ」、「辛子明太子」、「ちりめん山椒(玄米)」が不動の人気だという。
旅籠屋は11月に入り出前も始めた。出前とテイクアウト、店内飲食で1日当たり約120個のおにぎりを販売する。

中国人の若い女性が「映える」と買い求めることが多い「トロトロ卵の牛すき焼き」のおにぎり(旅籠屋提供)

今後は店舗展開のスピードを重視して、おにぎりを作る機械の導入を検討。セントラルキッチンの体制を構築し、数をある程度つくれるようにしてイベント出店などで認知度を上げていく考えだ。岩田氏は「旅籠屋が広州の食のインフラになればいい」との展望を描く。
■コロナで挫折からの再起
岩田氏の創業人生は、名古屋の中華料理店「リトルホンコン」の経営から始まる。親戚が香港にいることもあり、買い付けで訪れていた香港にラーメン店「富士山55」を開業したのは2012年。今年で11年目に入る。
ただ香港だけでなく、中国本土にも足場を持ちたいと決意。19年1月、富士山55の広州1号店を広州東駅近くの商業施設に出店した。市内中心部で交通の便も良く、立地は申し分ない。座席数90席の大きな店舗で勝負に出たが、開店から1年余りで新型コロナウイルスの流行に襲われた。人の流れが止まり、家賃も払えなくなり、やむなく店をたたむことになる。
閉店後の数カ月は落ち込んだものの、その雌伏の時に次の事業のアイデアを磨いた。「広州のファーストステージは新型コロナで挫折したが、次にチャンスがあるならおにぎり店をやりたい」

広州で日本のおにぎり文化の浸透に向け奮闘を続ける「旅籠屋」オーナーシェフの岩田忠幸氏=11月、広州市

香港では地下鉄駅など身近な場所におにぎり店があり、今では人々のライフラインのひとつとなっている。本土でおにぎり店は見かけない。やってみたい——。
再起を期し、20年9月にラーメン店は場所を移して再開。一方で、おにぎり店を開く準備にも乗り出す。その時に出会った共同経営者となる中国人の相棒は、広州でビジネスをしていく上で心強い存在だ。
岩田氏によると、広東省潮州市出身の20代の若い女性だが、ビジネスには厳しく根性がある。潮州は華僑を多く輩出し、勤勉で商売にたけているといわれる土地柄。旅籠屋1号店を立ち飲みとするアイデアも、その相棒の判断だという。
本土事業のスピード感も相棒から学ぶことが多い。こちらでは「石の上にも三年」の考えはないと岩田氏。3カ月だ。半年から1年かけて店のスタイルを作ればいいと考えていたが、相棒からは「本土では3カ月が勝負。次の店を早く出さないと」と、はっぱをかけられているという。
岩田氏は、「本土では基本、質より量。量がとれれば業者にも強く言える。お客さんにも知名度が高まることで安心感を提供できる」と説明する。
■「時流を読む」重要性
岩田氏はオーナーシェフとして自分の店を切り盛りするほか、メニュー開発やブランド設計、人材研修、店舗経営など飲食店の困りごとを請け負い、中国人オーナーや中国企業をサポートした経験もある。
中国人とビジネスを行う上では、「柔軟性が必要」(岩田氏)だ。話していることがころころ変わるのはよくあることで、先に計画を決めて、その通りに進めるという日本式のやり方は通用しないことが多い。
おかしいと思っても、「中国は自分の生まれた場所ではない。自分がずれている時もある」と、まずはやってみる。こちらの人はやりたいことをやらせてあげた方が喜んでやる。定点観察して自分の糧にしていけばいいとの考えだ。
岩田氏は、特に「市場の流れに敏感に乗ることが求められる」と指摘する。事業が順調に進められそうなときは進み、耐えるときは耐える。時を見極め、対応する力が中国の飲食店経営では成功の肝となる。
■低単価に商機ありか
中国では今年、新型コロナ対策が撤廃され、消費市場は回復に向かっているが、市民の消費意欲は思ったよりも改善が進んでいないというのが大方の見方だ。
岩田氏は来年の消費意欲も今年同様になるとみており、高単価店は経営が厳しくなると予想する。市民が財布のひもを締める中、ファストフードなど比較的単価の低い店に商機があるとの見方だ。
岩田氏は、「こちらは3カ月1ターンのスピードで変わる。市場を見て、なるべく早く対応することが必要」と強調する。中国は変化が激しく競争の厳しい市場ではあるが、市場の大きさが最大の魅力。ビザ(査証)の緩和が進めば、中国で勝負したいとやってくる日本の飲食店も出てくるだろうと話す。
岩田氏は「そうした日本人の飲食関係者から頼られる存在になれたらいい」と語る。広州という新たな天地で、日本のおにぎり文化の浸透に向け、これからも走り続ける。

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旅籠はかつての日本で、旅人の休憩場所だった。店名には海外でがんばる人が休憩する場所になればいいとの願いを込めた。
提供するおにぎりは店内で握る。コメは中国東北産のジャポニカ米で、炊き上がると粘りがあって柔らかくておいしい。価格は1個8~24元(約160~480円)。
9坪ほどの店内にはショーケースを中心に、コの字形のカウンターを配置。おにぎりのほか、おでん、牛肉豆腐や鶏唐揚げ、枝豆などのおつまみ、ソフトドリンク、酒類も提供する。
当初はテイクアウトを中心にするおにぎりの専門店とする考えだったが、店舗周辺には飲み屋が多いことから、夜の飲食需要があるとみて、立ち飲みのカウンターを設けた。
9月末に開業して3カ月余り。客層は当初の日本人中心から広がりをみせ、現在の客層は日本人と中国人で半々。昼間は子連れの日本人の主婦や流行に敏感な中国人の若い女性、夜はカップルや日本人ビジネスマンが訪れる。
岩田氏によると、中国人に一番人気の具材は「トロトロ卵の牛すき焼き」(24元)で、若い女性が「映える」と買い求めることが多い。日本人には「紅しゃけ」、「ツナマヨ」、「辛子明太子」、「ちりめん山椒(玄米)」が不動の人気だという。
旅籠屋は11月に入り出前も始めた。出前とテイクアウト、店内飲食で1日当たり約120個のおにぎりを販売する。[caption id="attachment_17406" align="aligncenter" width="620"]中国人の若い女性が「映える」と買い求めることが多い「トロトロ卵の牛すき焼き」のおにぎり(旅籠屋提供) [/caption]
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■コロナで挫折からの再起
岩田氏の創業人生は、名古屋の中華料理店「リトルホンコン」の経営から始まる。親戚が香港にいることもあり、買い付けで訪れていた香港にラーメン店「富士山55」を開業したのは2012年。今年で11年目に入る。
ただ香港だけでなく、中国本土にも足場を持ちたいと決意。19年1月、富士山55の広州1号店を広州東駅近くの商業施設に出店した。市内中心部で交通の便も良く、立地は申し分ない。座席数90席の大きな店舗で勝負に出たが、開店から1年余りで新型コロナウイルスの流行に襲われた。人の流れが止まり、家賃も払えなくなり、やむなく店をたたむことになる。
閉店後の数カ月は落ち込んだものの、その雌伏の時に次の事業のアイデアを磨いた。「広州のファーストステージは新型コロナで挫折したが、次にチャンスがあるならおにぎり店をやりたい」[caption id="attachment_17405" align="aligncenter" width="620"]広州で日本のおにぎり文化の浸透に向け奮闘を続ける「旅籠屋」オーナーシェフの岩田忠幸氏=11月、広州市[/caption]
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再起を期し、20年9月にラーメン店は場所を移して再開。一方で、おにぎり店を開く準備にも乗り出す。その時に出会った共同経営者となる中国人の相棒は、広州でビジネスをしていく上で心強い存在だ。
岩田氏によると、広東省潮州市出身の20代の若い女性だが、ビジネスには厳しく根性がある。潮州は華僑を多く輩出し、勤勉で商売にたけているといわれる土地柄。旅籠屋1号店を立ち飲みとするアイデアも、その相棒の判断だという。
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岩田氏は、「本土では基本、質より量。量がとれれば業者にも強く言える。お客さんにも知名度が高まることで安心感を提供できる」と説明する。
■「時流を読む」重要性
岩田氏はオーナーシェフとして自分の店を切り盛りするほか、メニュー開発やブランド設計、人材研修、店舗経営など飲食店の困りごとを請け負い、中国人オーナーや中国企業をサポートした経験もある。
中国人とビジネスを行う上では、「柔軟性が必要」(岩田氏)だ。話していることがころころ変わるのはよくあることで、先に計画を決めて、その通りに進めるという日本式のやり方は通用しないことが多い。
おかしいと思っても、「中国は自分の生まれた場所ではない。自分がずれている時もある」と、まずはやってみる。こちらの人はやりたいことをやらせてあげた方が喜んでやる。定点観察して自分の糧にしていけばいいとの考えだ。
岩田氏は、特に「市場の流れに敏感に乗ることが求められる」と指摘する。事業が順調に進められそうなときは進み、耐えるときは耐える。時を見極め、対応する力が中国の飲食店経営では成功の肝となる。
■低単価に商機ありか
中国では今年、新型コロナ対策が撤廃され、消費市場は回復に向かっているが、市民の消費意欲は思ったよりも改善が進んでいないというのが大方の見方だ。
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岩田氏は、「こちらは3カ月1ターンのスピードで変わる。市場を見て、なるべく早く対応することが必要」と強調する。中国は変化が激しく競争の厳しい市場ではあるが、市場の大きさが最大の魅力。ビザ(査証)の緩和が進めば、中国で勝負したいとやってくる日本の飲食店も出てくるだろうと話す。
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