日本産水産物の輸入を停止した中国に代わるホタテの加工拠点として、ベトナムへの期待が日本の水産業界で高まっている。人件費の安さや日本産水産物の加工実績が豊富なことなどが理由だが、販路の開拓や加工能力の規模確保といった実現に向けたハードルもある。ベトナムをホタテ加工の拠点として効果的に活用するためには、日本企業による独自のマーケティングやベトナム以外の加工拠点との併用といったリスク分散が必要になりそうだ。
ジェトロの訪問団が視察したシープロデックス・ハノイの水産加工工場=22日、ナムディン省
蛍光灯に白く照らし出された加工場に入ると、作業着に身を包んだ30人ほどの女性たちが立ったままエビの殻を次々とむき、背わたを取ってザルに投げ入れていた。隣のラインに運ばれたザルから取り出されたエビは大きさごとに仕分けされ、プラスチックのトレーに置かれていく。最後のラインでトレーはラッピングされ、出荷まで冷凍保管される。
「アルゼンチンから輸入したエビを日本の顧客向けに加工している」。生産ラインを案内する工場長が説明すると、周囲から次々と質問が飛んだ。
「工程で使う塩水はどのように確保するのか」
「工場内にある製氷機の能力はどれくらいか」。
問いかけたのはベトナムで加工の候補施設を視察している日本の訪問団のメンバー。北海道の水産加工業者や東京都の商社など12社から参加している。
初日の22日は首都ハノイから車で2時間余り離れた北部ナムディン省のハノイ水産物輸出入社(シープロデックス・ハノイ)の加工工場を訪れた。果たして中国と同水準の加工ができるのか。労働者の作業効率や機械設備に鋭い視線を向けた。
■「予想を超える反応」
訪問団は日本貿易振興機構(ジェトロ)が組成した。東京電力福島第1原発の処理水海洋放出に反発した中国が2023年8月に日本産の水産物の輸入を全面的に停止したことを受け、中国での加工ができなくなったホタテ業界の代替拠点探しを後押しするのが目的だ。
ジェトロ海外展開支援部の土屋貴司次長によると、訪問団への参加を募集したのは12月中旬の10日間。視察まで1カ月という直前の告知にもかかわらず「予想を超える反応」で参加者が決まった。
参加者の期待は、中国の禁輸措置が与える影響の深刻さの裏返しでもある。22年の日本の水産物輸出総額3,873億円のうち中国向けは871億円で最大。うちホタテは489億円と6割近くを占めていた。巨大市場へのアクセスが禁輸措置により絶たれた。
失われたのは中国市場だけでない。22年に中国に輸出されたホタテのうち数量ベースで3分の2に当たる9.6万トンは冷凍殻付き。中国で殻むき加工され、3万~4万トンは米国に再輸出されたと推定される。禁輸で中国経由の対米輸出の道も閉ざされ、北海道などホタテの主要産地では中国に出荷できなくなった在庫が積み上がっている。代替の加工拠点を早期に確保できるかどうかは死活問題だ。
■「若い労働力が魅力的」
ジェトロが中国に代わる加工拠点を探す訪問団の第1弾にベトナムを選んだのにはいくつか要因がある。
まず豊富で安価な労働力だ。シープロデックス・ハノイでエビの殻むきに従事する女性たちの月給は日本円で6万~7万円。視察団に参加する水産加工業者ハイブリッドラボ(宮城県石巻市)の石橋剛社長は「ベトナムの若い労働力は非常に魅力的」と強調する。
ジェトロが23年に日系企業を対象にした調査によれば、ベトナムの製造業の作業員の基本給は23年は平均273米ドル(約4万400円)で、タイより33%、インドネシアより28%安い。
シープロデックスのようにエビなどの加工実績がある企業が多く、タイなどに比べて再輸出を前提とした輸入の障壁が低いとされることもメリットだ。米国が水産物の加工輸出施設に求める食品衛生管理の国際基準「HACCP(ハサップ)」を取得している工場も多いため、米国へ再輸出がしやすいことも評価されている。
ベトナム側もホタテ加工の受け皿となることに積極的だ。シープロデックスのティエウ・ティ・タイン・トゥイ社長は訪問団に同社の輸出売り上げの90%を日本向けが占めていると説明し、「日本企業との取引経験は豊富にある」とアピールした。訪問団は26日までかけてベトナム南北9カ所の加工施設を視察する。
ホタテ加工の受注への意欲をアピールするシープロデックス・ハノイのトゥイ社長=22日、ナムディン省
■委託加工も選択肢に
ベトナムでのホタテ加工の実現には課題もある。一つは生産規模だ。以前は中国に年1万トン程度のホタテを輸出していたという水産業者からの参加者は、シープロデックスの工場を視察して「求めている規模には到底足りない」と漏らした。シープロデックスのナムディン工場はエビであれば1日2トンの加工能力があり、北部では屈指の大型加工拠点だが、この参加者の企業の発注をさばくだけの機械設備が備わっていないという。各社はそれぞれのニーズに適した手ごろな規模の工場を見つけ出していく必要がある。
もう一つの課題は販路だ。中国の加工業者はこれまで主に日本産ホタテを買い取り、独自の販路を通じて国内外で売りさばいていた。ベトナムの国内市場は中国より小さいため、日本企業は海外に強力な販路を持つ加工業者を探し出すか、自ら売り先を見つけることが求められる。
従来は中国の加工先にホタテを売り切っていたという水産業者の参加者は「ベトナムで委託加工して日本に戻して自社で販売することも今後の選択肢の一つ」と明かした。今回の禁輸措置をきっかけに、中国企業に依存していた日本産ホタテの商流に変化の動きが出始めている。日本政府も海外のバイヤーを招いた商談会を企画するなど日本企業の販路開拓を支援する。
水産商社の道源(大阪市)の周江涛副社長は、同社のサプライチェーン(供給網)に従来の日本や中国だけでなく、ベトナムやインドネシアなども加えてリスク分散を図る考えだ。訪問団への参加を通じ、ベトナムで貝柱から貝ひもなどまで無駄なく処理して国内外で販売できる加工業者を見つけたいという。一極集中のリスクの回避を「長期的な安定と発展をもたらすチャンスにしたい」と意気込んでいる。
参加者の一人は、「中国の禁輸措置でサプライチェーンが壊れた。もう元には戻らない」と指摘した。中国に代わる加工拠点探しの最適解はまだ出ていない。ジェトロはベトナムに続き、米国に隣接するメキシコへの訪問団派遣も企画している。
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「アルゼンチンから輸入したエビを日本の顧客向けに加工している」。生産ラインを案内する工場長が説明すると、周囲から次々と質問が飛んだ。
「工程で使う塩水はどのように確保するのか」
「工場内にある製氷機の能力はどれくらいか」。
問いかけたのはベトナムで加工の候補施設を視察している日本の訪問団のメンバー。北海道の水産加工業者や東京都の商社など12社から参加している。
初日の22日は首都ハノイから車で2時間余り離れた北部ナムディン省のハノイ水産物輸出入社(シープロデックス・ハノイ)の加工工場を訪れた。果たして中国と同水準の加工ができるのか。労働者の作業効率や機械設備に鋭い視線を向けた。
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訪問団は日本貿易振興機構(ジェトロ)が組成した。東京電力福島第1原発の処理水海洋放出に反発した中国が2023年8月に日本産の水産物の輸入を全面的に停止したことを受け、中国での加工ができなくなったホタテ業界の代替拠点探しを後押しするのが目的だ。
ジェトロ海外展開支援部の土屋貴司次長によると、訪問団への参加を募集したのは12月中旬の10日間。視察まで1カ月という直前の告知にもかかわらず「予想を超える反応」で参加者が決まった。
参加者の期待は、中国の禁輸措置が与える影響の深刻さの裏返しでもある。22年の日本の水産物輸出総額3,873億円のうち中国向けは871億円で最大。うちホタテは489億円と6割近くを占めていた。巨大市場へのアクセスが禁輸措置により絶たれた。
失われたのは中国市場だけでない。22年に中国に輸出されたホタテのうち数量ベースで3分の2に当たる9.6万トンは冷凍殻付き。中国で殻むき加工され、3万~4万トンは米国に再輸出されたと推定される。禁輸で中国経由の対米輸出の道も閉ざされ、北海道などホタテの主要産地では中国に出荷できなくなった在庫が積み上がっている。代替の加工拠点を早期に確保できるかどうかは死活問題だ。
■「若い労働力が魅力的」
ジェトロが中国に代わる加工拠点を探す訪問団の第1弾にベトナムを選んだのにはいくつか要因がある。
まず豊富で安価な労働力だ。シープロデックス・ハノイでエビの殻むきに従事する女性たちの月給は日本円で6万~7万円。視察団に参加する水産加工業者ハイブリッドラボ(宮城県石巻市)の石橋剛社長は「ベトナムの若い労働力は非常に魅力的」と強調する。
ジェトロが23年に日系企業を対象にした調査によれば、ベトナムの製造業の作業員の基本給は23年は平均273米ドル(約4万400円)で、タイより33%、インドネシアより28%安い。
シープロデックスのようにエビなどの加工実績がある企業が多く、タイなどに比べて再輸出を前提とした輸入の障壁が低いとされることもメリットだ。米国が水産物の加工輸出施設に求める食品衛生管理の国際基準「HACCP(ハサップ)」を取得している工場も多いため、米国へ再輸出がしやすいことも評価されている。
ベトナム側もホタテ加工の受け皿となることに積極的だ。シープロデックスのティエウ・ティ・タイン・トゥイ社長は訪問団に同社の輸出売り上げの90%を日本向けが占めていると説明し、「日本企業との取引経験は豊富にある」とアピールした。訪問団は26日までかけてベトナム南北9カ所の加工施設を視察する。
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ベトナムでのホタテ加工の実現には課題もある。一つは生産規模だ。以前は中国に年1万トン程度のホタテを輸出していたという水産業者からの参加者は、シープロデックスの工場を視察して「求めている規模には到底足りない」と漏らした。シープロデックスのナムディン工場はエビであれば1日2トンの加工能力があり、北部では屈指の大型加工拠点だが、この参加者の企業の発注をさばくだけの機械設備が備わっていないという。各社はそれぞれのニーズに適した手ごろな規模の工場を見つけ出していく必要がある。
もう一つの課題は販路だ。中国の加工業者はこれまで主に日本産ホタテを買い取り、独自の販路を通じて国内外で売りさばいていた。ベトナムの国内市場は中国より小さいため、日本企業は海外に強力な販路を持つ加工業者を探し出すか、自ら売り先を見つけることが求められる。
従来は中国の加工先にホタテを売り切っていたという水産業者の参加者は「ベトナムで委託加工して日本に戻して自社で販売することも今後の選択肢の一つ」と明かした。今回の禁輸措置をきっかけに、中国企業に依存していた日本産ホタテの商流に変化の動きが出始めている。日本政府も海外のバイヤーを招いた商談会を企画するなど日本企業の販路開拓を支援する。
水産商社の道源(大阪市)の周江涛副社長は、同社のサプライチェーン(供給網)に従来の日本や中国だけでなく、ベトナムやインドネシアなども加えてリスク分散を図る考えだ。訪問団への参加を通じ、ベトナムで貝柱から貝ひもなどまで無駄なく処理して国内外で販売できる加工業者を見つけたいという。一極集中のリスクの回避を「長期的な安定と発展をもたらすチャンスにしたい」と意気込んでいる。
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