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「異彩作家」のアートで事業ヘラルボニー、海外拡大へ(上)

障害がある作家が描くアート作品のライセンス事業を手がける日本のスタートアップ企業 、ヘラルボニー(盛岡市)が10月、タイの首都バンコクを訪れた。海外事業拡大を狙う、同社の代表取締役・共同最高経営責任者(Co—CEO)を務める松田崇弥氏は、タイの同業アートストーリーを訪問。アートストーリーもタイ国内での企業コラボレーションを通じて障害のある作家が生計を立てられるよう事業を手がけている。タイでの障害者就労率は約2割で、特に知的障害のある人ではさらに低い。専門家は、多様性の包摂を前提に、障害に対する考え方の変化や職場への制度導入が必須だと説明する。

ヘラルボニーは、日本航空と業務提携を締結。機内アメニティなどにアートが採用されている(ヘラルボニー提供)

松田氏は2018年、双子の兄・松田文登氏と共にヘラルボニーを立ち上げた。「異彩作家」と位置づける、障害がある契約作家のアート素材を使って、自社製品を製造し企業・消費者間取引(BtoC)で販売するブランド事業と、企業などとの共同企画を通じてライセンス収入を得るコラボレーション事業の2事業を軸に展開する。
松田氏は3人兄弟で、双子の4歳年上である自閉症の兄を持つ。松田氏はいずれ福祉に関連する仕事をしたいと考えながらも別の職業に就いていたが、「日本の福祉施設で障害のある人の芸術作品を見て『格好いい』と思ったのがきっかけで、双子の兄を誘ってスタートアップを立ち上げた」と起業の経緯を説明する。ヘラルボニーでは「作家を教育することはない」。異彩作家の作品を額縁に入れて適切に展示したり、商品を百貨店で販売したりすれば、作品にふさわしいライセンスフィーが入るという考えだ。商品化の際は、著作権を持つ作家やその家族の許諾を得る。「手間はかかるが、信頼を育む上では重要なことだ」。
同社が販売する商品は使用するアートの価値に見合った価格が設定されており、例えば自社オンラインショップで販売する長袖のクラシックシャツが4万9,500円だ。一般に、障害のある人のアートというと、チャリティーの文脈で安価な商品だと捉えられがちで、「『福祉』という言葉が、邪魔になる瞬間もあるのではと思う」。ヘラルボニーが大事にする考え方は、社会貢献が前に出るよりも、顧客に「『格好いい』と思ってアートを買ってもらうこと」だという。
ヘラルボニーは、国内では日本航空(JAL)と業務提携するなど、有名企業とのコラボレーションを続々と展開し、ブランド認知度を高めている。「2021~24年の間で、契約作家に支払う年間のロイヤルティーの累計金額が15倍に増えた」(松田氏)。

ヘラルボニーの共同CEOの松田氏らがタイの同業アートストーリーを訪れた=10月10日、タイ・バンコク(NNA撮影)

■タイでも同業が活動
ヘラルボニーの来タイは、国連アジア太平洋経済社会委員会(ESCAP)が主催するパネルディスカッションにパネリストとして呼ばれたことをきっかけに、タイでの福祉施設や商業施設を視察し、海外事業の芽を見つけることを目的としたものだ。
松田氏らは10月10日、タイの同業アートストーリー・バイ・オーティスティック・タイを訪問した。自閉症の息子を持ち、自閉症タイ財団を創設したチューサック氏が、社会的企業のオーティスティック・タイ・ソーシャル・エンタープライズを17年に設立。自閉症など障害のある芸術家を雇用し、アートを使った作品の販売やライセンス事業を行うブランドのアートストーリーを息子のワラット氏が立ち上げた。
アートストーリーはバンコクに作家のアート活動のためのスタジオを持ち、所属作家には固定給を払っている。作品を使った商品が売れればさらにロイヤルティーを作家に還元する仕組みだ。現在は15歳から40代まで、40人以上の作家が在籍している。
23年8月には、首都圏鉄道「MRTパープルライン」の開業7周年を記念したタイ電車公団(MRTA)とのコラボレーションを行い、車両や駅のホームドア、記念乗車券などのアートをデザイン。ほかにも韓国サムスン電子のタイ法人や乳製品大手ダッチミル・グループ、タイ最大のコーヒーチェーン「カフェ・アマゾン」など、さまざまな企業とコラボレーションを実施している。
アート事業以外では、コーヒーショップブランドの「フォー・オール・コーヒー」「タームテム」を設立。ワラット氏は、「貧困家庭に生まれた自閉症の人も多く、本人やその家族をコーヒーショップなどのスタッフとして働けるようトレーニングし、就労の機会を提供することで、家族全体が収入を得る仕組みを作っている」と話す。
アートストーリーを運営するオーティスティック・タイは「社会的企業」という位置付けだ。利益を社会に還元する義務を負う一方、税制面や行政案件の入札で優遇される。ワラット氏は、「現在はタイで400社ほどあるが、登録時には6社目だった」といい、タイでの社会的企業の先駆けだったと話す。「今後はブランドの価値、認知度を高めて利益率を上げることが大切だと思っている」。これまでは企業とのコラボレーション案件で世に知られてきたが、自社ブランド商品事業も推進したいと話す。
松田氏は、ヘラルボニーの同業はこれまで探してもあまり見つからなかったといい、「アートストーリーに来て驚いた」。両社は共に、創業者が自閉症の家族を持つという共通点がある。ヘラルボニーでは作家の雇用はしていないなど相違点もあるが、「アジアの同志だなと思った」。アートストーリーとの協力を視野に、「ヘラルボニーも道半ばなので、互いに連携できたら」と語る。

オーティスティック・タイを設立したチューサック氏(左)と息子のワラット氏(右)=10月10日、タイ・バンコク(NNA撮影)

■障害者就労の課題
ヘラルボニーもアートストーリーも、障害のある人々の社会的な地位や収入の向上を目標としている。それには障害のある人自身に変化を求めるのではなく、多様性を包摂する社会の形成が不可欠だ。
アジア太平洋障害者センター(APCD)で「障害と開発」の専門家として活動している、国際協力機構(JICA)の久野研二氏は、国際的な障害者の自立支援の変遷について、「1990年代に、旧来的な職業訓練を中心とするモデルから新しいモデルへと大きな転換があった」と説明する。職場で障害者に合理的配慮を提供し、持っている能力を前提に仕事の中身を組み替え、できない部分はほかの人が分担するという「援助付き雇用モデル」が新しい考え方だ。その結果、知的障害や自閉症などの人々の就労が促進されるようになってきた。一方、「タイではまだこの転換が制度上は十分にはできていない」と指摘する。新しいモデルの就労には、職務の再構成を行う「ジョブコーチ」(職場適応援助者)を職場に置く制度の導入が不可欠で、日本やマレーシアなどではジョブコーチの派遣制度がある。タイではまだ国の制度としては導入されていないため、知的障害などの人たちの就労が遅れているという実態があるという。
タイの社会開発・人間安全保障省傘下の障害者エンパワーメント局の統計では、タイで身体障害や知的障害がある労働年齢の人口は85万人だが、そのうち就労していると答えたのは22%。知的障害がある人に限るとさらに低く、アートストーリーのワラット氏によると、タイでは約30万人の自閉症の人々のうち約3%しか就労できていない。
JICAの久野氏は、障害者就労のモデル転換が進まない理由の背景に、「障害者が働けないのは、歩けない、文字が読めないなど、障害者自身にできないことがあるからだ」という発想が根強いことがあると指摘する。タイでは仏教意識が非常に強く、障害者に親切にしようとする意識は高い一方、障害者の人権を守るために同志となって、機能的に多様な人々が平等に同じ場所で働ける包摂的な社会に変えていこうとする意識は十分に育っているとは言いがたい。久野氏は、そうした意識を育てるには「健常者として特権を受けている側の加害当事者性に気付くことが大事だ」という。APCDではその視点を獲得していくための障害平等研修をアジア太平洋の各国で実施している。

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松田氏は3人兄弟で、双子の4歳年上である自閉症の兄を持つ。松田氏はいずれ福祉に関連する仕事をしたいと考えながらも別の職業に就いていたが、「日本の福祉施設で障害のある人の芸術作品を見て『格好いい』と思ったのがきっかけで、双子の兄を誘ってスタートアップを立ち上げた」と起業の経緯を説明する。ヘラルボニーでは「作家を教育することはない」。異彩作家の作品を額縁に入れて適切に展示したり、商品を百貨店で販売したりすれば、作品にふさわしいライセンスフィーが入るという考えだ。商品化の際は、著作権を持つ作家やその家族の許諾を得る。「手間はかかるが、信頼を育む上では重要なことだ」。
同社が販売する商品は使用するアートの価値に見合った価格が設定されており、例えば自社オンラインショップで販売する長袖のクラシックシャツが4万9,500円だ。一般に、障害のある人のアートというと、チャリティーの文脈で安価な商品だと捉えられがちで、「『福祉』という言葉が、邪魔になる瞬間もあるのではと思う」。ヘラルボニーが大事にする考え方は、社会貢献が前に出るよりも、顧客に「『格好いい』と思ってアートを買ってもらうこと」だという。
ヘラルボニーは、国内では日本航空(JAL)と業務提携するなど、有名企業とのコラボレーションを続々と展開し、ブランド認知度を高めている。「2021~24年の間で、契約作家に支払う年間のロイヤルティーの累計金額が15倍に増えた」(松田氏)。
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アートストーリーはバンコクに作家のアート活動のためのスタジオを持ち、所属作家には固定給を払っている。作品を使った商品が売れればさらにロイヤルティーを作家に還元する仕組みだ。現在は15歳から40代まで、40人以上の作家が在籍している。
23年8月には、首都圏鉄道「MRTパープルライン」の開業7周年を記念したタイ電車公団(MRTA)とのコラボレーションを行い、車両や駅のホームドア、記念乗車券などのアートをデザイン。ほかにも韓国サムスン電子のタイ法人や乳製品大手ダッチミル・グループ、タイ最大のコーヒーチェーン「カフェ・アマゾン」など、さまざまな企業とコラボレーションを実施している。
アート事業以外では、コーヒーショップブランドの「フォー・オール・コーヒー」「タームテム」を設立。ワラット氏は、「貧困家庭に生まれた自閉症の人も多く、本人やその家族をコーヒーショップなどのスタッフとして働けるようトレーニングし、就労の機会を提供することで、家族全体が収入を得る仕組みを作っている」と話す。
アートストーリーを運営するオーティスティック・タイは「社会的企業」という位置付けだ。利益を社会に還元する義務を負う一方、税制面や行政案件の入札で優遇される。ワラット氏は、「現在はタイで400社ほどあるが、登録時には6社目だった」といい、タイでの社会的企業の先駆けだったと話す。「今後はブランドの価値、認知度を高めて利益率を上げることが大切だと思っている」。これまでは企業とのコラボレーション案件で世に知られてきたが、自社ブランド商品事業も推進したいと話す。
松田氏は、ヘラルボニーの同業はこれまで探してもあまり見つからなかったといい、「アートストーリーに来て驚いた」。両社は共に、創業者が自閉症の家族を持つという共通点がある。ヘラルボニーでは作家の雇用はしていないなど相違点もあるが、「アジアの同志だなと思った」。アートストーリーとの協力を視野に、「ヘラルボニーも道半ばなので、互いに連携できたら」と語る。
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■障害者就労の課題
ヘラルボニーもアートストーリーも、障害のある人々の社会的な地位や収入の向上を目標としている。それには障害のある人自身に変化を求めるのではなく、多様性を包摂する社会の形成が不可欠だ。
アジア太平洋障害者センター(APCD)で「障害と開発」の専門家として活動している、国際協力機構(JICA)の久野研二氏は、国際的な障害者の自立支援の変遷について、「1990年代に、旧来的な職業訓練を中心とするモデルから新しいモデルへと大きな転換があった」と説明する。職場で障害者に合理的配慮を提供し、持っている能力を前提に仕事の中身を組み替え、できない部分はほかの人が分担するという「援助付き雇用モデル」が新しい考え方だ。その結果、知的障害や自閉症などの人々の就労が促進されるようになってきた。一方、「タイではまだこの転換が制度上は十分にはできていない」と指摘する。新しいモデルの就労には、職務の再構成を行う「ジョブコーチ」(職場適応援助者)を職場に置く制度の導入が不可欠で、日本やマレーシアなどではジョブコーチの派遣制度がある。タイではまだ国の制度としては導入されていないため、知的障害などの人たちの就労が遅れているという実態があるという。
タイの社会開発・人間安全保障省傘下の障害者エンパワーメント局の統計では、タイで身体障害や知的障害がある労働年齢の人口は85万人だが、そのうち就労していると答えたのは22%。知的障害がある人に限るとさらに低く、アートストーリーのワラット氏によると、タイでは約30万人の自閉症の人々のうち約3%しか就労できていない。
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