韓国の尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領が3日夜に「非常戒厳」を宣言したことで、韓国国内に動揺が広がっている。非常戒厳の宣布は1979年以来45年ぶりで、87年の民主化以降では初。国会が4日未明に戒厳令解除要求決議案を可決し、宣布の約6時間後に解除されたが、野党は尹氏の弾劾訴追案を国会に提出し、与党も尹氏の判断を批判している。政治的に孤立する尹氏の「死に体」の様相は深まるばかりだ。
光化門交差点に集まった野党支持者ら。ろうそくを片手に尹氏の退陣を求めた=4日、韓国・ソウル(NNA撮影)
尹氏は3日午後10時半ごろ、野党が多数を占める国会で政府高官の弾劾追訴案提出を繰り返し、行政をまひさせているとして非常戒厳を宣布した。「国会は犯罪者の巣窟になってしまった」と野党を強く批判した上で、「北朝鮮の共産勢力の脅威から韓国を守り、国民の自由と幸福を略奪している破廉恥な従北反国家勢力を撲滅し、自由憲法秩序を守るためだ」と述べた。
非常戒厳は、釜山市で起きた市民・学生の大規模デモに対して宣布された79年10月以来45年ぶりのことで、87年に韓国が民主化されてからは初めてのこと。非常戒厳が宣布されると、一切の政治活動が禁止されるほか、報道や出版は戒厳司令部の統制を受けることになり、違反した場合は逮捕や拘留、家宅捜索などの処罰の対象となる。
今回も戒厳司令部が発足し、司令部は一切の政治活動禁止を発表した。国会には軍部隊が進入し、国会議員らが議事堂にバリケードを張って抵抗するなど緊迫した状況がしばらく続いた。しかし、4日午前1時ごろには国会で、非常戒厳の解除要求決議案が出席議員190人全員の賛成によって可決されることに。
これにより、大きな衝突は起こらず、軍は撤収した。韓国憲法によると、国会の過半数が解除要求決議案に賛成した場合、大統領は非常戒厳を解除しなければならない。
尹氏は宣布から約6時間後の同日午前4時半ごろに、非常戒厳の解除を表明した。
■野党が早くも「弾劾訴追案」提出
非常戒厳の宣布そのものは大きな混乱なく収束した。しかし、尹氏が野党を「犯罪者」「従北反国家勢力」と規定し、軍部隊を動員する非常戒厳という超強硬手段に出たことで、尹氏への批判や弾劾圧力は今後さらに強まる公算が大きい。
最大野党「共に民主党」は、非常戒厳宣布について「明確な憲法違反だ」とし、尹氏を内乱罪で告発して弾劾手続きを進めると表明した。内乱罪の対象には、金竜顕(キム・ヨンヒョン)国防相と李祥敏(イ・サンミン)行政安全相も含めるとしている。
共に民主党の李在明(イ・ジェミョン)代表は4日、国会議事堂前で記者会見を開いて「尹大統領は正常かつ合理的な判断ができない状態のようだ。もはや我慢することも、許すこともできない」と強く糾弾した。
共に民主党をはじめとする野党6党は同日午後、尹氏に対する弾劾訴追案を国会に提出。5日には本会議に報告し、早ければ6~7日にも表決を行う方針だ。国会定数(300席)の3分の2以上が賛成すれば弾劾案は可決される。
可決された場合、尹氏の大統領権限は停止され、憲法裁判所に最終的な可否の審議が委ねられる。その後、同裁判所が可決から180日以内に判断を下すことになる。
ただ、野党6党の議席数などを合わせても約190席で、可決に必要な200席に満たない。弾劾訴追案の可決には、2016年の朴槿恵(パク・クネ)元大統領の弾劾時と同様に与党からの少なくとも10人ほどの造反が必要になる。
国会議事堂で大統領の弾劾を訴える共に民主党の李在明代表(中央)とその支持者ら=4日、韓国・ソウル(NNA撮影)
■「尹氏擁護か否か」分かれる与党
退陣圧力を強める野党に対し、与党「国民の力」の間では困惑が広がっているもようだ。
同党の韓東勲(ハン・ドンフン)代表は同日に非常議員総会を開いて、◇尹氏の脱党要求◇内閣総辞任◇非常戒厳を建議した金竜顕国防相の解任——を提案した。ただ、尹氏の脱党については党内で意見が対立しているもようだ。
親韓東勲派の議員21人は、尹氏に対して脱党を促す立場表明文を発表した。これに対し、親尹派の議員らは尹氏の脱党について「時期尚早で意味がない」として反対しているという。
野党が提出した弾劾訴追案に国民の力の議員が賛成に回るかどうかも、注目されている。聯合ニュースなど韓国メディアによると、親尹派以外の議員から造反が出る可能性はあるが、現時点では尹氏の弾劾または辞任は防ぐべきだという意見が多いようだ。朴元大統領に続いて尹氏まで弾劾されることになれば、今後は政権を握ることが極めて難しくなるとの危惧があるためだ。
■各地・各界で相次ぐ尹氏批判
尹氏に対する弾劾訴追案が提出される中、韓国の主要都市では尹氏の退陣や弾劾を求める集会が開かれた。
ソウル市では、光化門交差点(鍾路区)に野党の支持者らが多数集まり、尹氏の弾劾を訴えた。参加者の中には、朴元大統領の弾劾の際に象徴となった「ろうそく」を手に持つ姿も見られた。これに先立ち、共に民主党は国会議事堂前でろうそく集会を開いたほか、尹氏の非常戒厳宣布を糾弾する記者会見を開催した。
進歩派の支持層が多い南西部の光州市では、午後7時から光州市民による決起集会が開かれた。このほか、大邱市や慶尚北道浦項市、済州道済州市などでも市民団体によるろうそく集会が相次いで開かれ、尹氏に退陣を要求した。
また、弁護士団体からも尹氏に対する非難の声が上がっている。大韓弁護士協会の金暎勲(キム・ヨンフン)会長は非常戒厳の宣布について「国会が解除を決議し、大統領がそれを受け入れたからといって、違法・違憲の余地がある宣布に対する責任から逃れられるわけではない」と尹氏を批判。その上で、「(尹氏は)これ以上、任期を続けることは事実上不可能という点を直視しなければならない」と強調した。
4日、非常戒厳の宣布から一夜明けた国会議事堂(左奥の建物)前では、尹氏の弾劾を訴える市民団体が集まっていた=4日、韓国・ソウル(NNA撮影)
朴元大統領の弾劾では、各地で大規模なろうそく集会が開かれ、社会的に弾劾は避けられない空気が造成された。尹氏は未明の宣布解除から姿を見せていないが、今後の対応次第では、各地でろうそく集会が拡大する恐れもある。
11月に任期の折り返し地点を過ぎたばかりの尹氏は、自ら試練を招いてしまった格好だ。
<識者コメント>
木村幹・神戸大学大学院教授
尹錫悦大統領が宣布した戒厳令は法的要件を満たさない可能性が高く、大統領弾劾に必要な「重大な違法行為」の範ちゅうに入る公算が大きいと考える。
与党「国民の力」の姿勢は定まっていない(4日夜時点)とみられるが、事態の直後では与党内でも弾劾訴追案に反対で一致するのは難しい状況だ。韓国メディアによると、国民の力の韓東勲代表が、反対姿勢を示しているとされるものの、与党議員の中で一定の漏れ落ちは必ず出るだろう。
これにより現段階では、野党が提出済みの弾劾訴追案の審議を進めた場合、早期に可決される可能性が高いはずだ。また、弾劾訴追案の可決が迫った場合には、与党が尹大統領に自らの辞職を要求することが見込まれる。そうなれば、極めて早い段階で大統領選挙が実施されることが考えられる。
そもそも今回の事態の後、秘書陣などが大量辞職しており、その後を埋める人材が本当に見つかるかも疑問だ。いずれにせよ、尹政権は完全に「死に体」であり、好むと好まざるとにかかわらず、任期を全うできる可能性は極めて低いと考える。
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尹氏は3日午後10時半ごろ、野党が多数を占める国会で政府高官の弾劾追訴案提出を繰り返し、行政をまひさせているとして非常戒厳を宣布した。「国会は犯罪者の巣窟になってしまった」と野党を強く批判した上で、「北朝鮮の共産勢力の脅威から韓国を守り、国民の自由と幸福を略奪している破廉恥な従北反国家勢力を撲滅し、自由憲法秩序を守るためだ」と述べた。
非常戒厳は、釜山市で起きた市民・学生の大規模デモに対して宣布された79年10月以来45年ぶりのことで、87年に韓国が民主化されてからは初めてのこと。非常戒厳が宣布されると、一切の政治活動が禁止されるほか、報道や出版は戒厳司令部の統制を受けることになり、違反した場合は逮捕や拘留、家宅捜索などの処罰の対象となる。
今回も戒厳司令部が発足し、司令部は一切の政治活動禁止を発表した。国会には軍部隊が進入し、国会議員らが議事堂にバリケードを張って抵抗するなど緊迫した状況がしばらく続いた。しかし、4日午前1時ごろには国会で、非常戒厳の解除要求決議案が出席議員190人全員の賛成によって可決されることに。
これにより、大きな衝突は起こらず、軍は撤収した。韓国憲法によると、国会の過半数が解除要求決議案に賛成した場合、大統領は非常戒厳を解除しなければならない。
尹氏は宣布から約6時間後の同日午前4時半ごろに、非常戒厳の解除を表明した。
■野党が早くも「弾劾訴追案」提出
非常戒厳の宣布そのものは大きな混乱なく収束した。しかし、尹氏が野党を「犯罪者」「従北反国家勢力」と規定し、軍部隊を動員する非常戒厳という超強硬手段に出たことで、尹氏への批判や弾劾圧力は今後さらに強まる公算が大きい。
最大野党「共に民主党」は、非常戒厳宣布について「明確な憲法違反だ」とし、尹氏を内乱罪で告発して弾劾手続きを進めると表明した。内乱罪の対象には、金竜顕(キム・ヨンヒョン)国防相と李祥敏(イ・サンミン)行政安全相も含めるとしている。
共に民主党の李在明(イ・ジェミョン)代表は4日、国会議事堂前で記者会見を開いて「尹大統領は正常かつ合理的な判断ができない状態のようだ。もはや我慢することも、許すこともできない」と強く糾弾した。
共に民主党をはじめとする野党6党は同日午後、尹氏に対する弾劾訴追案を国会に提出。5日には本会議に報告し、早ければ6~7日にも表決を行う方針だ。国会定数(300席)の3分の2以上が賛成すれば弾劾案は可決される。
可決された場合、尹氏の大統領権限は停止され、憲法裁判所に最終的な可否の審議が委ねられる。その後、同裁判所が可決から180日以内に判断を下すことになる。
ただ、野党6党の議席数などを合わせても約190席で、可決に必要な200席に満たない。弾劾訴追案の可決には、2016年の朴槿恵(パク・クネ)元大統領の弾劾時と同様に与党からの少なくとも10人ほどの造反が必要になる。[caption id="attachment_23636" align="aligncenter" width="620"]国会議事堂で大統領の弾劾を訴える共に民主党の李在明代表(中央)とその支持者ら=4日、韓国・ソウル(NNA撮影)[/caption]
■「尹氏擁護か否か」分かれる与党
退陣圧力を強める野党に対し、与党「国民の力」の間では困惑が広がっているもようだ。
同党の韓東勲(ハン・ドンフン)代表は同日に非常議員総会を開いて、◇尹氏の脱党要求◇内閣総辞任◇非常戒厳を建議した金竜顕国防相の解任——を提案した。ただ、尹氏の脱党については党内で意見が対立しているもようだ。
親韓東勲派の議員21人は、尹氏に対して脱党を促す立場表明文を発表した。これに対し、親尹派の議員らは尹氏の脱党について「時期尚早で意味がない」として反対しているという。
野党が提出した弾劾訴追案に国民の力の議員が賛成に回るかどうかも、注目されている。聯合ニュースなど韓国メディアによると、親尹派以外の議員から造反が出る可能性はあるが、現時点では尹氏の弾劾または辞任は防ぐべきだという意見が多いようだ。朴元大統領に続いて尹氏まで弾劾されることになれば、今後は政権を握ることが極めて難しくなるとの危惧があるためだ。
■各地・各界で相次ぐ尹氏批判
尹氏に対する弾劾訴追案が提出される中、韓国の主要都市では尹氏の退陣や弾劾を求める集会が開かれた。
ソウル市では、光化門交差点(鍾路区)に野党の支持者らが多数集まり、尹氏の弾劾を訴えた。参加者の中には、朴元大統領の弾劾の際に象徴となった「ろうそく」を手に持つ姿も見られた。これに先立ち、共に民主党は国会議事堂前でろうそく集会を開いたほか、尹氏の非常戒厳宣布を糾弾する記者会見を開催した。
進歩派の支持層が多い南西部の光州市では、午後7時から光州市民による決起集会が開かれた。このほか、大邱市や慶尚北道浦項市、済州道済州市などでも市民団体によるろうそく集会が相次いで開かれ、尹氏に退陣を要求した。
また、弁護士団体からも尹氏に対する非難の声が上がっている。大韓弁護士協会の金暎勲(キム・ヨンフン)会長は非常戒厳の宣布について「国会が解除を決議し、大統領がそれを受け入れたからといって、違法・違憲の余地がある宣布に対する責任から逃れられるわけではない」と尹氏を批判。その上で、「(尹氏は)これ以上、任期を続けることは事実上不可能という点を直視しなければならない」と強調した。
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11月に任期の折り返し地点を過ぎたばかりの尹氏は、自ら試練を招いてしまった格好だ。
<識者コメント>
木村幹・神戸大学大学院教授
尹錫悦大統領が宣布した戒厳令は法的要件を満たさない可能性が高く、大統領弾劾に必要な「重大な違法行為」の範ちゅうに入る公算が大きいと考える。
与党「国民の力」の姿勢は定まっていない(4日夜時点)とみられるが、事態の直後では与党内でも弾劾訴追案に反対で一致するのは難しい状況だ。韓国メディアによると、国民の力の韓東勲代表が、反対姿勢を示しているとされるものの、与党議員の中で一定の漏れ落ちは必ず出るだろう。
これにより現段階では、野党が提出済みの弾劾訴追案の審議を進めた場合、早期に可決される可能性が高いはずだ。また、弾劾訴追案の可決が迫った場合には、与党が尹大統領に自らの辞職を要求することが見込まれる。そうなれば、極めて早い段階で大統領選挙が実施されることが考えられる。
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