NNAグローバルナビ アジア専門情報ブログ

「世界制覇」目指すBYDアジア覆う中国EVの波(1)

中国の産業高度化政策の波に乗り、世界的な自動車メーカーの一角に食い込んだ比亜迪(BYD)をはじめ、中国で生まれた電気自動車(EV)メーカーが、アジア市場での攻勢を急速に強めている。大市場・中国でイノベーションを起こし、力を蓄える中国系EVメーカーは、アジア各国でも競争力を発揮していくのか。「海外展開」や「コスト競争力」「開発力」といったキーワードを手がかりに、強みと動向を探った。

BYDは2024年11月、地元・広東省で開催されたモーターショーで、創立30年を記念するブースを構えた=中国・広東省広州市(NNA撮影)

2024年11月15日、中国・広東省広州市。この日に開幕した「広州国際汽車展覧会(広州モーターショー)」では、同省が地元のBYDが自動車展示の横に創立30周年を記念するブースを併設した。1994年の創立から現在に至るまでの歴史を振り返ると同時に、水に浮く高級スポーツタイプ多目的車(SUV)「仰望U8」のデモンストレーションや、ドローン(小型無人機)を飛ばす機能を備えた車両の紹介など、未来志向の技術も紹介した。この3日後の18日には、BYDがラインオフした「新エネルギー車(NEV)」が、世界で初めて1,000万台に到達したと発表。米テスラと並ぶEVの雄として、また中国製造業の「顔」として、世界の注目を集める勢いを存分に感じさせた。
BYDの23年の販売台数は302万台で、世界で9位の規模。シェアは3.1%となる。20年には43万台ほどだった販売は、21年にNEVに集中する方針にかじを切ってから急伸。23年からは内燃機関(ICE)車は販売していない。EVメーカーの先達でありライバルとなるテスラは、23年の販売数が181万台だった。24年のBYDの販売数は427万台。世界のメーカーの販売数は出そろっていないものの、各社の業績次第では、世界で6位前後に躍り出る可能性は、十分にある。
中長期的には1,000万台の販売を目指しているといわれるBYDにとって、海外展開はまだ初期のステージといったところだろう。同社は22年から輸出を本格化させており、仕向け先は99カ国・地域に上る。23年の輸出台数は約24万台と、販売全体の8%だった。24年の海外販売数は42万台と、全体の10%ほど。ブラジルが最大の海外市場とみられ、2番目の市場となるタイでは24年1~11月に2万5,000台を販売した。このほか、オーストラリアやイスラエルでの販売が多い。

広州モーターショーでBYDは、水に浮く高級SUV「仰望U8」のデモンストレーションを実施した=24年11月(NNA撮影)

BYDの海外での販売は多くて1カ国当たり数万台程度だが、在タイの日系車部品メーカーの幹部が「BYDは本気で世界制覇を目指していると感じる」と語るように、ここ数年の動きだけでも世界のトップに食い込もうとする意気込みを感じさせる。BYDは中国国内10カ所以上に工場を構え、年産能力は約400万台とみられる。中国国外での生産体制は明らかにされていないこともあり、バスなど商用車の工場も含めると全容ははっきりしない。タイやウズベキスタンなどで乗用車の工場が稼働しているほか、ブラジルやトルコ、インドネシア、メキシコ、ハンガリー、カンボジアでの工場立ち上げ計画を発表している。
巨大な中国市場で蓄えた力を国外展開に向け、世界に挑むBYD。その姿は、戦後に国内での競争を勝ち抜いた日本企業が米国をはじめとする海外市場に挑戦し、「安かろう悪かろう」のレッテルを貼られながらも世界で揺るがぬ地位を築いた姿に重なる。
BYDは、製販の海外展開で新興・途上国「グローバルサウス」に重点を置いているイメージだが、「地理的に中国から近く、華僑が多い東南アジアは、BYDにとっては絶対に負けられない市場」(みずほ銀行の湯進・上席主任研究員)。販売面では、タイやインドネシア、マレーシアといった域内の大市場にとどまらず、シンガポールやカンボジア、ミャンマーといった小規模な市場でも相次いで販売を開始している。
■中国の「外交カード」の側面
世界のトップを見据えるBYDの動向を追っていくと、同社が欧米の大市場攻略に向けた「くさび」を打ち続けていることが分かる。同時に、BYDや車載電池大手の寧徳時代新能源科技(CATL)による投資が、中国政府にとって外交カードになっている側面もうかがえる。日本貿易振興機構(ジェトロ)プノンペン事務所の若林康平所長は、「カンボジアでBYDは、EV需要が1,000台程度の中で完成車工場の投資を決定した。将来的な需要を見込んでいることと、政治的な背景による投資判断という2つの側面があると考えられる」と話す。

BYDの東南アジアでの販売網は主要国だけでなくカンボジアやミャンマーにも拡大している。写真はミャンマーの最大都市ヤンゴンで24年にオープンした販売店(NNA撮影)

この意味で象徴的なのは、ハンガリーでの動向だ。同国のオルバン政権は、欧州連合(EU)の中で特に親中的なスタンスを取っており、中国の巨大経済圏構想「一帯一路」にも参加している。中国の習近平国家主席は、24年5月にハンガリーを訪問。従来の「包括的な協力」を「全天候型」の協力に格上げすることを打ち出した。
BYDのハンガリーへの投資額は明らかになっていないものの、26年から生産を開始する計画で、年産能力は当初計画の15万台から30万台に引き上げられた。同社にとっては、ハンガリーで電気バスと電池の組立工場に続く投資となる。CATLは同国で、1兆円規模の投資計画を推進中だ。BYDにとっては、EUで最低といわれるハンガリーの法人税率(9%)に加え、地方に投資することによる潤沢な補助金が投資の決め手の一つになったようだ。
EUが中国製EVに高関税を課す政策を打ち出す中、EU域内に拠点を設けることで関税を回避することも可能になる。BYDは「第2のハンガリー」を探しているとみられるほか、他の中国系EVメーカーは英国やスペイン、イタリア、モロッコといった候補地での投資を模索している。
■米国工場立ち上げの可能性は
米国の大統領に返り咲いたトランプ氏は、就任前に中国製EVに100%の関税をかけることを宣言し、中国企業がメキシコで生産した自動車にも同様の措置を取ると発言している。BYDはブラジルでの工場設立に加え、メキシコでも生産拠点の設置を検討している。欧米や日韓の完成車メーカーによる投資が集積してきたメキシコでは業界の良質な人材を比較的低コストで確保できることや、国内のバッテリー式電気自動車(BEV)市場も10万台の規模に達している。米国への輸出を視野に入れる場合は、BYDを含むEVメーカーが生産拠点を構える魅力は大きい。
米国は26年にメキシコとカナダとの協定(USMCA)を見直す予定で、メキシコからの迂回(うかい)輸入への対策を強化する可能性がある。「迂回輸入への対策は、実際には技術的に困難」(現地の日系企業関係者)との見方が根強い一方、メキシコにとっては最大の貿易相手国である米国の意向や圧力を無視することは難しい実情もある。
反対に、国内生産への回帰を訴えるトランプ氏は選挙期間中に、中国の自動車メーカーによる米国内での生産を容認するとも取れる発言をしている。「雇用の創出など米国経済にとっての利点を訴えられれば、中国系であっても投資の話がまとまる可能性がある」(湯進氏)との見方もあり、中国系EVメーカーのサプライチェーン(供給網)構築で新たな展開が生まれることもあり得る。
※特集「アジアを覆う中国EVの波」の第2回「BYDの強み、PHVでも」は、1月15日に掲載予定です。

object(WP_Post)#9817 (24) {
  ["ID"]=>
  int(24233)
  ["post_author"]=>
  string(1) "3"
  ["post_date"]=>
  string(19) "2025-01-14 00:00:00"
  ["post_date_gmt"]=>
  string(19) "2025-01-13 15:00:00"
  ["post_content"]=>
  string(10578) "中国の産業高度化政策の波に乗り、世界的な自動車メーカーの一角に食い込んだ比亜迪(BYD)をはじめ、中国で生まれた電気自動車(EV)メーカーが、アジア市場での攻勢を急速に強めている。大市場・中国でイノベーションを起こし、力を蓄える中国系EVメーカーは、アジア各国でも競争力を発揮していくのか。「海外展開」や「コスト競争力」「開発力」といったキーワードを手がかりに、強みと動向を探った。[caption id="attachment_24234" align="aligncenter" width="620"]BYDは2024年11月、地元・広東省で開催されたモーターショーで、創立30年を記念するブースを構えた=中国・広東省広州市(NNA撮影)[/caption]
2024年11月15日、中国・広東省広州市。この日に開幕した「広州国際汽車展覧会(広州モーターショー)」では、同省が地元のBYDが自動車展示の横に創立30周年を記念するブースを併設した。1994年の創立から現在に至るまでの歴史を振り返ると同時に、水に浮く高級スポーツタイプ多目的車(SUV)「仰望U8」のデモンストレーションや、ドローン(小型無人機)を飛ばす機能を備えた車両の紹介など、未来志向の技術も紹介した。この3日後の18日には、BYDがラインオフした「新エネルギー車(NEV)」が、世界で初めて1,000万台に到達したと発表。米テスラと並ぶEVの雄として、また中国製造業の「顔」として、世界の注目を集める勢いを存分に感じさせた。
BYDの23年の販売台数は302万台で、世界で9位の規模。シェアは3.1%となる。20年には43万台ほどだった販売は、21年にNEVに集中する方針にかじを切ってから急伸。23年からは内燃機関(ICE)車は販売していない。EVメーカーの先達でありライバルとなるテスラは、23年の販売数が181万台だった。24年のBYDの販売数は427万台。世界のメーカーの販売数は出そろっていないものの、各社の業績次第では、世界で6位前後に躍り出る可能性は、十分にある。
中長期的には1,000万台の販売を目指しているといわれるBYDにとって、海外展開はまだ初期のステージといったところだろう。同社は22年から輸出を本格化させており、仕向け先は99カ国・地域に上る。23年の輸出台数は約24万台と、販売全体の8%だった。24年の海外販売数は42万台と、全体の10%ほど。ブラジルが最大の海外市場とみられ、2番目の市場となるタイでは24年1~11月に2万5,000台を販売した。このほか、オーストラリアやイスラエルでの販売が多い。[caption id="attachment_24236" align="aligncenter" width="620"]広州モーターショーでBYDは、水に浮く高級SUV「仰望U8」のデモンストレーションを実施した=24年11月(NNA撮影)[/caption]
BYDの海外での販売は多くて1カ国当たり数万台程度だが、在タイの日系車部品メーカーの幹部が「BYDは本気で世界制覇を目指していると感じる」と語るように、ここ数年の動きだけでも世界のトップに食い込もうとする意気込みを感じさせる。BYDは中国国内10カ所以上に工場を構え、年産能力は約400万台とみられる。中国国外での生産体制は明らかにされていないこともあり、バスなど商用車の工場も含めると全容ははっきりしない。タイやウズベキスタンなどで乗用車の工場が稼働しているほか、ブラジルやトルコ、インドネシア、メキシコ、ハンガリー、カンボジアでの工場立ち上げ計画を発表している。
巨大な中国市場で蓄えた力を国外展開に向け、世界に挑むBYD。その姿は、戦後に国内での競争を勝ち抜いた日本企業が米国をはじめとする海外市場に挑戦し、「安かろう悪かろう」のレッテルを貼られながらも世界で揺るがぬ地位を築いた姿に重なる。
BYDは、製販の海外展開で新興・途上国「グローバルサウス」に重点を置いているイメージだが、「地理的に中国から近く、華僑が多い東南アジアは、BYDにとっては絶対に負けられない市場」(みずほ銀行の湯進・上席主任研究員)。販売面では、タイやインドネシア、マレーシアといった域内の大市場にとどまらず、シンガポールやカンボジア、ミャンマーといった小規模な市場でも相次いで販売を開始している。
■中国の「外交カード」の側面
世界のトップを見据えるBYDの動向を追っていくと、同社が欧米の大市場攻略に向けた「くさび」を打ち続けていることが分かる。同時に、BYDや車載電池大手の寧徳時代新能源科技(CATL)による投資が、中国政府にとって外交カードになっている側面もうかがえる。日本貿易振興機構(ジェトロ)プノンペン事務所の若林康平所長は、「カンボジアでBYDは、EV需要が1,000台程度の中で完成車工場の投資を決定した。将来的な需要を見込んでいることと、政治的な背景による投資判断という2つの側面があると考えられる」と話す。[caption id="attachment_24235" align="aligncenter" width="620"]BYDの東南アジアでの販売網は主要国だけでなくカンボジアやミャンマーにも拡大している。写真はミャンマーの最大都市ヤンゴンで24年にオープンした販売店(NNA撮影)[/caption]
この意味で象徴的なのは、ハンガリーでの動向だ。同国のオルバン政権は、欧州連合(EU)の中で特に親中的なスタンスを取っており、中国の巨大経済圏構想「一帯一路」にも参加している。中国の習近平国家主席は、24年5月にハンガリーを訪問。従来の「包括的な協力」を「全天候型」の協力に格上げすることを打ち出した。
BYDのハンガリーへの投資額は明らかになっていないものの、26年から生産を開始する計画で、年産能力は当初計画の15万台から30万台に引き上げられた。同社にとっては、ハンガリーで電気バスと電池の組立工場に続く投資となる。CATLは同国で、1兆円規模の投資計画を推進中だ。BYDにとっては、EUで最低といわれるハンガリーの法人税率(9%)に加え、地方に投資することによる潤沢な補助金が投資の決め手の一つになったようだ。
EUが中国製EVに高関税を課す政策を打ち出す中、EU域内に拠点を設けることで関税を回避することも可能になる。BYDは「第2のハンガリー」を探しているとみられるほか、他の中国系EVメーカーは英国やスペイン、イタリア、モロッコといった候補地での投資を模索している。
■米国工場立ち上げの可能性は
米国の大統領に返り咲いたトランプ氏は、就任前に中国製EVに100%の関税をかけることを宣言し、中国企業がメキシコで生産した自動車にも同様の措置を取ると発言している。BYDはブラジルでの工場設立に加え、メキシコでも生産拠点の設置を検討している。欧米や日韓の完成車メーカーによる投資が集積してきたメキシコでは業界の良質な人材を比較的低コストで確保できることや、国内のバッテリー式電気自動車(BEV)市場も10万台の規模に達している。米国への輸出を視野に入れる場合は、BYDを含むEVメーカーが生産拠点を構える魅力は大きい。
米国は26年にメキシコとカナダとの協定(USMCA)を見直す予定で、メキシコからの迂回(うかい)輸入への対策を強化する可能性がある。「迂回輸入への対策は、実際には技術的に困難」(現地の日系企業関係者)との見方が根強い一方、メキシコにとっては最大の貿易相手国である米国の意向や圧力を無視することは難しい実情もある。
反対に、国内生産への回帰を訴えるトランプ氏は選挙期間中に、中国の自動車メーカーによる米国内での生産を容認するとも取れる発言をしている。「雇用の創出など米国経済にとっての利点を訴えられれば、中国系であっても投資の話がまとまる可能性がある」(湯進氏)との見方もあり、中国系EVメーカーのサプライチェーン(供給網)構築で新たな展開が生まれることもあり得る。
※特集「アジアを覆う中国EVの波」の第2回「BYDの強み、PHVでも」は、1月15日に掲載予定です。" ["post_title"]=> string(78) "「世界制覇」目指すBYDアジア覆う中国EVの波(1)" ["post_excerpt"]=> string(0) "" ["post_status"]=> string(7) "publish" ["comment_status"]=> string(4) "open" ["ping_status"]=> string(4) "open" ["post_password"]=> string(0) "" ["post_name"]=> string(198) "%e3%80%8c%e4%b8%96%e7%95%8c%e5%88%b6%e8%a6%87%e3%80%8d%e7%9b%ae%e6%8c%87%e3%81%99%ef%bd%82%ef%bd%99%ef%bd%84%e3%82%a2%e3%82%b8%e3%82%a2%e8%a6%86%e3%81%86%e4%b8%ad%e5%9b%bd%ef%bd%85%ef%bd%96%e3%81%ae" ["to_ping"]=> string(0) "" ["pinged"]=> string(0) "" ["post_modified"]=> string(19) "2025-01-14 04:00:04" ["post_modified_gmt"]=> string(19) "2025-01-13 19:00:04" ["post_content_filtered"]=> string(0) "" ["post_parent"]=> int(0) ["guid"]=> string(34) "https://nnaglobalnavi.com/?p=24233" ["menu_order"]=> int(0) ["post_type"]=> string(4) "post" ["post_mime_type"]=> string(0) "" ["comment_count"]=> string(1) "0" ["filter"]=> string(3) "raw" }
 NNA
エヌエヌエー NNA
アジアの経済ニュース・ビジネス情報 - NNA ASIA

アジア経済の詳細やビジネスに直結する新着ニュースを掲載。
現地の最新動向を一目で把握できます。
法律、会計、労務などの特集も多数掲載しています。

【東京本社】
105-7209 東京都港区東新橋1丁目7番1号汐留メディアタワー9階
Tel:81-3-6218-4330
Fax:81-3-6218-4337
E-mail:sales_jp@nna.asia
HP:https://www.nna.jp/

国・地域別
タイ情報
内容別
ビジネス全般人事労務

コメントを書く

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

※がついている欄は必須項目です。

コメント※:

お名前:

CAPTCHA


このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください