インドネシアで2024年10月20日にプラボウォ・スビアント政権が発足してから節目となる100日が経過した。就任演説で食料安全保障、エネルギー自給率の向上を優先事項に挙げたプラボウォ氏は、インフラ開発重視の前政権から、食料とエネルギー自給の達成に向けてかじを切った。一方、経済政策を巡って、年始からの税率引き上げが決まっていた付加価値税(VAT)の増税対象の詳細が、実施直前に発表されるなど混乱も招いた。プラボウォ氏の政権運営100日について専門家に評価を聞いた。
プラボウォ大統領(左)は就任から100日を迎え、国民のために迅速に働くことを強調した。後方にはプラボウォ氏を側近として支えるテディ内閣官房長官(後方中央)の姿=20日(大統領府提供)
就任からおよそ2週間後の11月3日、プラボウォ氏は南パプア州メラウケ県にいた。食料自給達成に向けた取り組みの一環で、コメの主要産地ではないパプア地方で水田開発プログラムを実施するため、候補地を視察していた。プラボウォ政権では農業省の25年予算が前年から2.2倍の29兆4,000億ルピア(約2,820億円)に増額された。アムラン農相は、大半をコメの自給達成を加速させるプログラムに充てる計画を示している。
プラボウォ氏はさらに、25年1月22日の閣議で、年内にコメ、塩、トウモロコシの輸入を停止する方針を示した。「国内の食料自給を25年末に、遅くとも26年初頭に達成させる」と発言し、当初目標の4年間から短縮し、食料自給を優先して取り組む姿勢を鮮明にした。
エネルギー自給の達成に向けては、エネルギー・鉱物資源省から軽油にパーム油由来のバイオディーゼルを50%混合した「B50」の導入時期を28年から26年に早める方針が、24年12月に示された。バイオエタノール開発を含めて、国内にある農作物資源の活用を推し進めたい考えだ。
またプラボウォ氏は、同年11月にブラジルで開催された20カ国・地域(G20)首脳会議で、温室効果ガスの排出量を実質ゼロとする「ネットゼロ」の達成目標を、現在の60年から10年前倒しして50年に達成させる意向を示した。さらに化石燃料を使用する火力発電所を停止するため、今後15年間で容量75ギガワット分の再生可能エネルギー電源の発電所を開発すると述べた。
プラボウォ大統領(左)は就任後すぐに南パプア州の稲作地帯を現地視察。アムラン農相が同行した=24年11月(大統領府提供)
目玉政策の1つの無償給食事業については1月上旬から開始し、これまでに31州の65万人の生徒・児童に給食を提供した。9月までに1,500万人に提供する計画だ。同事業には25年度予算で71兆ルピアを計上しているが、プラボウォ氏は対象者の拡大を検討しており、予算を増額する可能性もある。
このほか、住宅・住宅地域省が低所得者向けに年300万戸の住宅を供給する計画で素早い動き出しを見せている。同計画への資金協力として、1月にはカタール政府と100万戸の住宅建設に関する覚書を締結した。住宅・住宅地域省は公共事業・国民住宅省が分割された新組織だが、政府の住宅政策を取りまとめる住宅タスクフォースの責任者は、プラボウォ氏の実弟ハシム・ジョヨハディクスモ氏が務めている。
![](https://dr91yhkmywk3x.cloudfront.net/blog/wp-content/uploads/2025/01/30130004/2750740_4.png)
ジョコ前大統領が肝いりで推進した新首都「ヌサンタラ」の開発については、プラボウォ政権で28年までに行政・立法・司法の政治都市として機能させる目標が示された。25~29年の開発予算として、48兆8,000億ルピアを充てることが決まった。24年単年度の予算(44兆5,000億ルピア)と比較すると、予算規模は縮小した。
一方、行政機関のヌサンタラ首都庁については25年度予算で前年から大幅増額となる6兆4,000億ルピアを設定。国家公務員は25年から段階的なヌサンタラへの移住が計画されている。
■前政権との違い、浮き彫りに
日本貿易振興機構(ジェトロ)アジア経済研究所の水野祐地氏は、NNAに対し「プラボウォ氏は、ジョコ前政権にならい、高い国民的支持率を維持することが、安定的な政権運営と29年の大統領選挙での再選にとって重要であると認識していると思われる」と指摘。このため、25年は国民に直接恩恵をもたらす政策、特に無償給食プログラムを軌道に乗せることに集中するのではないかと見方を示した。
森・濱田松本法律事務所の本間久美子ストラテジック・インテリジェンス・アドバイザーは、「新旧政権の比較をするため国家予算に着目すると、24年は首都移転推進のため最大の予算が割り当てられていた公共事業・国民住宅省の予算が大幅に縮小され、その一方で農業省などの予算が大幅に増加している」と述べ、インフラ重視のジョコ前政権との違いが早くも浮き彫りになっていると指摘した。
本間氏は「プラボウォ大統領は、無償給食や無料健康診断といった具体的な施策でも注目を集めているが、その主眼は『安全保障』や『自給』に置かれている」と分析。「前政権が現場主義的で時に突発的な印象を与えるのに対し、プラボウォ政権は具体策の背後により俯瞰(ふかん)的な視野を持っている印象がある」と述べた。
全体閣議で閣僚らの取り組みに対して感謝を表明したプラボウォ大統領(左)。右に座るのはギブラン副大統領=22日(大統領府提供)
■ハシム氏や外相、内閣官房長官がキーマン
プラボウォ政権の閣僚人事は、前政権の骨格を担ったスリ・ムルヤ二財務相、アイルランガ調整相(経済担当)ら経済閣僚が留任もしくは横滑りするなど、政権運営を安定させることを考慮した一面が見られた。
ただ、政権のキーマンについて、本間氏はハシム氏を挙げた。「大統領選挙のキャンペーン時から一定の存在感を示してきたが、国連気候変動枠組み条約第29回締約国会議(COP29)で大統領特使を務めたことからも気候変動などの重要な政策のカギを握ってくる可能性も考えられる」と述べた。また、「スギオノ外相とテディ内閣官房長官は比較的若手でありながら、調整相やほかの大臣を差し置いてプラボウォ氏とバイデン米大統領(当時)との首脳会談に同席したことは、厚い信頼が表れている」と指摘した。
■経済運営、不確実性伴う
新政権発足後の約3カ月間の経済運営では、最低賃金やVATの引き上げといった重要な決定がなされた。
25年に適用する最低賃金について、プラボウォ氏は会見で最低賃金の上昇幅を前年比6.5%に決めたと発表した。過去数年間、抑えられていた上昇幅を引き上げる政治判断を自ら示すことで労働者に指導力を見せた。
また、国税規則調和法『21年第7号』で定められていたVATの11%から12%の引き上げについては、経済的な悪影響を考慮して、電動車や不動産の販売、家計や労働集約型産業などを下支えする景気対策を、1月の増税開始に先立って24年12月に発表した。ただ、この段階では増税品目の詳細が公表されておらず、12月31日の土壇場で、奢侈(しゃし)税の対象となるぜいたく品とサービスに対してのみ適用する決定を発表したことで混乱を招いた。
![](https://dr91yhkmywk3x.cloudfront.net/blog/wp-content/uploads/2025/01/30130004/2750740_5.png)
民間銀行最大手バンク・セントラル・アジア(BCA)のチーフエコノミスト、ダフィッド氏は、経済政策の評価について、「適切な政策もあるが、政策の打ち出し方に統一性がないため評価するにはまだ早い」との見方を示した。
ダフィッド氏は金融市場の観点から、「新政権発足後の経済指標のパフォーマンスは、国債の利回りが高く、株価指数は低下傾向にあるなど芳しいものではない」と述べた。「財政支出の拡大が懸念される無償給食事業など、政策的な不確実性も存在している」と指摘した。
地場シンクタンクの経済改革センター(CORE)のエコノミスト、ユスフ氏は「政府の経済対策自体に誤りはないものの、縮小傾向にある中間層を増やす施策や国民の購買力を向上させる政策が必要だ」と述べた。また、雇用創出や産業化の推進については具体的な対策があまり見受けられないとも指摘した。
政府が推進するバイオ燃料については、供給や流通面で混乱を招かないために、「食用油を含む他の需要を考慮した行程表(ロードマップ)が必要だ」と述べた。
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プラボウォ氏はさらに、25年1月22日の閣議で、年内にコメ、塩、トウモロコシの輸入を停止する方針を示した。「国内の食料自給を25年末に、遅くとも26年初頭に達成させる」と発言し、当初目標の4年間から短縮し、食料自給を優先して取り組む姿勢を鮮明にした。
エネルギー自給の達成に向けては、エネルギー・鉱物資源省から軽油にパーム油由来のバイオディーゼルを50%混合した「B50」の導入時期を28年から26年に早める方針が、24年12月に示された。バイオエタノール開発を含めて、国内にある農作物資源の活用を推し進めたい考えだ。
またプラボウォ氏は、同年11月にブラジルで開催された20カ国・地域(G20)首脳会議で、温室効果ガスの排出量を実質ゼロとする「ネットゼロ」の達成目標を、現在の60年から10年前倒しして50年に達成させる意向を示した。さらに化石燃料を使用する火力発電所を停止するため、今後15年間で容量75ギガワット分の再生可能エネルギー電源の発電所を開発すると述べた。
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プラボウォ大統領(左)は就任後すぐに南パプア州の稲作地帯を現地視察。アムラン農相が同行した=24年11月(大統領府提供)[/caption]
目玉政策の1つの無償給食事業については1月上旬から開始し、これまでに31州の65万人の生徒・児童に給食を提供した。9月までに1,500万人に提供する計画だ。同事業には25年度予算で71兆ルピアを計上しているが、プラボウォ氏は対象者の拡大を検討しており、予算を増額する可能性もある。
このほか、住宅・住宅地域省が低所得者向けに年300万戸の住宅を供給する計画で素早い動き出しを見せている。同計画への資金協力として、1月にはカタール政府と100万戸の住宅建設に関する覚書を締結した。住宅・住宅地域省は公共事業・国民住宅省が分割された新組織だが、政府の住宅政策を取りまとめる住宅タスクフォースの責任者は、プラボウォ氏の実弟ハシム・ジョヨハディクスモ氏が務めている。
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ジョコ前大統領が肝いりで推進した新首都「ヌサンタラ」の開発については、プラボウォ政権で28年までに行政・立法・司法の政治都市として機能させる目標が示された。25~29年の開発予算として、48兆8,000億ルピアを充てることが決まった。24年単年度の予算(44兆5,000億ルピア)と比較すると、予算規模は縮小した。
一方、行政機関のヌサンタラ首都庁については25年度予算で前年から大幅増額となる6兆4,000億ルピアを設定。国家公務員は25年から段階的なヌサンタラへの移住が計画されている。
■前政権との違い、浮き彫りに
日本貿易振興機構(ジェトロ)アジア経済研究所の水野祐地氏は、NNAに対し「プラボウォ氏は、ジョコ前政権にならい、高い国民的支持率を維持することが、安定的な政権運営と29年の大統領選挙での再選にとって重要であると認識していると思われる」と指摘。このため、25年は国民に直接恩恵をもたらす政策、特に無償給食プログラムを軌道に乗せることに集中するのではないかと見方を示した。
森・濱田松本法律事務所の本間久美子ストラテジック・インテリジェンス・アドバイザーは、「新旧政権の比較をするため国家予算に着目すると、24年は首都移転推進のため最大の予算が割り当てられていた公共事業・国民住宅省の予算が大幅に縮小され、その一方で農業省などの予算が大幅に増加している」と述べ、インフラ重視のジョコ前政権との違いが早くも浮き彫りになっていると指摘した。
本間氏は「プラボウォ大統領は、無償給食や無料健康診断といった具体的な施策でも注目を集めているが、その主眼は『安全保障』や『自給』に置かれている」と分析。「前政権が現場主義的で時に突発的な印象を与えるのに対し、プラボウォ政権は具体策の背後により俯瞰(ふかん)的な視野を持っている印象がある」と述べた。
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全体閣議で閣僚らの取り組みに対して感謝を表明したプラボウォ大統領(左)。右に座るのはギブラン副大統領=22日(大統領府提供)[/caption]
■ハシム氏や外相、内閣官房長官がキーマン
プラボウォ政権の閣僚人事は、前政権の骨格を担ったスリ・ムルヤ二財務相、アイルランガ調整相(経済担当)ら経済閣僚が留任もしくは横滑りするなど、政権運営を安定させることを考慮した一面が見られた。
ただ、政権のキーマンについて、本間氏はハシム氏を挙げた。「大統領選挙のキャンペーン時から一定の存在感を示してきたが、国連気候変動枠組み条約第29回締約国会議(COP29)で大統領特使を務めたことからも気候変動などの重要な政策のカギを握ってくる可能性も考えられる」と述べた。また、「スギオノ外相とテディ内閣官房長官は比較的若手でありながら、調整相やほかの大臣を差し置いてプラボウォ氏とバイデン米大統領(当時)との首脳会談に同席したことは、厚い信頼が表れている」と指摘した。
■経済運営、不確実性伴う
新政権発足後の約3カ月間の経済運営では、最低賃金やVATの引き上げといった重要な決定がなされた。
25年に適用する最低賃金について、プラボウォ氏は会見で最低賃金の上昇幅を前年比6.5%に決めたと発表した。過去数年間、抑えられていた上昇幅を引き上げる政治判断を自ら示すことで労働者に指導力を見せた。
また、国税規則調和法『21年第7号』で定められていたVATの11%から12%の引き上げについては、経済的な悪影響を考慮して、電動車や不動産の販売、家計や労働集約型産業などを下支えする景気対策を、1月の増税開始に先立って24年12月に発表した。ただ、この段階では増税品目の詳細が公表されておらず、12月31日の土壇場で、奢侈(しゃし)税の対象となるぜいたく品とサービスに対してのみ適用する決定を発表したことで混乱を招いた。
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民間銀行最大手バンク・セントラル・アジア(BCA)のチーフエコノミスト、ダフィッド氏は、経済政策の評価について、「適切な政策もあるが、政策の打ち出し方に統一性がないため評価するにはまだ早い」との見方を示した。
ダフィッド氏は金融市場の観点から、「新政権発足後の経済指標のパフォーマンスは、国債の利回りが高く、株価指数は低下傾向にあるなど芳しいものではない」と述べた。「財政支出の拡大が懸念される無償給食事業など、政策的な不確実性も存在している」と指摘した。
地場シンクタンクの経済改革センター(CORE)のエコノミスト、ユスフ氏は「政府の経済対策自体に誤りはないものの、縮小傾向にある中間層を増やす施策や国民の購買力を向上させる政策が必要だ」と述べた。また、雇用創出や産業化の推進については具体的な対策があまり見受けられないとも指摘した。
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