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総選挙で与党PAPが圧勝得票率上昇、安定求める声取り込む

3日に投開票されたシンガポールの議会(一院制、定数97)総選挙で与党・人民行動党(PAP)が87議席を獲得し圧勝した。得票率も前回2020年総選挙の61.2%から65.6%に上昇。ローレンス・ウォン首相にとって国民の信任を得た形となった。国民生活を守るという与党の主張が、安定性を重視する有権者の支持を得た。最大野党・労働者党(WP)は10議席を確保して善戦したが議席は増やせなかった。ただ専門家は「国会での多様性を求める動きが退潮しているわけではない」と指摘。今後は次世代指導層の選抜を含め、ウォン首相が新内閣で誰を登用するか注目される。【清水美雪】

投票所で記入する有権者ら=3日、シンガポール中央部(NNA撮影)

シンガポールでは20年にわたり首相を務めたリー・シェンロン氏(現上級相)に代わり、昨年5月にウォン首相が就任。ウォン氏が政権を率いてから初の総選挙となった。米関税政策による国内経済への悪影響が懸念される中、PAPは給付金支給や企業への支援強化を訴えた。
選挙区数は、4~5人の候補者がチームを組み多数を得た党が議席を総取りするグループ選挙区(GRC)18区と、国会議員1人を選出する小選挙区(SMC)15区の計33区。選挙区割り変更のため、議席数は前回総選挙の93議席から97議席に増えた。ただ11年以来初となる無投票当選の選挙区があるため、92議席を巡って各政党が争った。
PAPは全ての選挙区で候補者を擁立。1965年の独立以来、一党支配体制が続いており今回の総選挙でも過半数を確保して勝利することは確実視されていた。
PAPは前回総選挙で得票率が61.2%となり、前々回15年の69.9%から大幅に低下していた。今回は65.6%で前回を4ポイント超上回り、議席数は改選前の83議席から4議席増えて87議席となった。地元紙は「PAPの地滑り的勝利」と報じた。
ウォン氏は4日未明に開いた会見で、有権者に感謝の意を伝えるとともに「国民の信任を受けたことでみなさんの生活がさらに良くなるよう尽くしたい」と話した。

総選挙でのPAPの勝利を受けて支持者らに手を振るウォン首相(左端、PAPの公式フェイスブックより)

■新設の選挙区で与野党接戦
全選挙区の中で特に注目されたのが、選挙区割り変更で新設された北東部のプンゴールGRCだ。これまで北西部のチュアチューカンGRCから立候補していたガン・キムヨン副首相兼貿易産業相がプンゴールGRCから出馬。プンゴール地区に隣接する北東部のセンカンGRCは前回総選挙でWPが勝利しており、PAPは重要選挙区で主要閣僚を擁立した。
ガン氏が率いるPAPチームは、新興住宅街で若い有権者が多いプンゴールGRCで55.2%の得票率を得て勝利。同氏は新型コロナウイルス流行時に感染対策の閣僚級共同作業部会でウォン氏とともに共同議長を務めるなどしており、過去の実績への評価が勝利につながったとみられる。
ただ、若い世代を中心に国民の間では政治の多様性や生活コスト上昇への対応を求める声が高まっている。こういった意見をくみ取る受け皿としてWPの支持がどこまで拡大するかが総選挙の焦点となった。WPは物価高対策として、消費税(GST)の対象から食品などの生活必需品を除外する政策などを訴えていた。
WPは前回総選挙と同様にアルジュニードGRCとセンカンGRC、ホーガンSMCの3選挙区を制し、10議席を確保した。新設されたプンゴールGRCではガン副首相率いるPAPチームに対し、WPの得票率が44.8%となり善戦した。
非選挙区選出議員(NCMP、接戦となった選挙区で惜敗した野党から政府が選出する議員)では、WPから2人の立候補者が選ばれる見通しだ。これによりWPの議員は総選挙で勝った10人と合わせて12人となる。
ただNCMPは選挙区がないため、有権者と触れ合う機会がほとんどない。これまでは野党・シンガポール前進党(PSP)の2人がNCMPだった。
■PAPは無党派浮動票取り込みか
シンガポールの政治に詳しい日本貿易振興機構(ジェトロ)アジア経済研究所の副主任研究員、久末亮一氏はNNAに対し、「PAPの手堅い勝利だ。ウォン首相の率いる『第4世代(と呼ばれる40~50代の指導者層)』政権はひとまず国民の信任を得た。国際環境の困難に対応して国民生活を守るという与党側の主張に、現実主義的で安定性を重視する国民、特にスイング・ボーター(無党派浮動票)が流れた可能性がある」と説明した。
ただ、PAP堅調の背景には複数の要因が重なったと指摘。「『議員定数増』という与党に有利な選挙区割り(ゲリマンダー)」「WPなど主要野党以外に小規模野党6党が参戦し、その得票率が軒並み3割以下と低くなることでPAP得票率の上昇につながったこと」「激戦予想区でPAP有利の選挙区割りが影響したこと」が要因として挙げられるという。小規模野党や無所属候補も着実に得票率を得ていることから、国会での多様性やバランスを求める動きが退潮しているわけではないとも付け加えた。

投票箱に用紙を投入する有権者ら=3日、シンガポール中央部(NNA撮影)

野党支持者からは、与党への不信感を吐露する声も聞かれる。自営業の40代のシンガポール人男性は、現在のPAPを全面的には支持できないとしてあえて野党に投票したと明かした。「PAPはこのところルーラー(支配者)であり、国民へのサーバント(奉仕者)ではない。国民の利益でなく自分たちの利益のために努力しているように感じる」とコメント。「国民は現在のシステムから十分な利益を得ておらず、人々の言葉は政府に届いていない」と胸中を明かした。
久末氏は今後の見通しについて、ウォン氏が総選挙後の演説で「国会での野党の存在を尊重し、その見解や提案を真摯(しんし)に受け止める」と述べたが、これが今後の野党対応にどんな形で反映されるか注視する必要があると指摘。野党支持者にはやや不本意な結果だったが、国会での多様性やバランスを求める動き自体は継続している上、今後の政権・与党側の国政運営には課題も多く、次回総選挙では無党派浮動票の風向きが変わる可能性もあるとの見解を示した。
今回の総選挙では、ヘン・スイキャット副首相やウン・エンヘン国防相といった複数のベテラン勢が出馬せず引退を決めた。久末氏は、最も重要なのはウォン首相が今後どのような構成で新内閣を組閣するかだとも説明。「複数の旧世代閣僚が重要ポストから退いた現在、誰がそのポストに就くのか」「『第5世代』の選抜・育成が始まる中で、新内閣にどのような若手が加わるのか」などが注目点だとしている。

選挙活動で設置されたPAPの横断幕。上部中央にリー・シェンロン上級相、その下にウォン首相の写真がある=3日、シンガポール中央部(NNA撮影)
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[caption id="attachment_26171" align="aligncenter" width="620"]投票所で記入する有権者ら=3日、シンガポール中央部(NNA撮影)[/caption]
シンガポールでは20年にわたり首相を務めたリー・シェンロン氏(現上級相)に代わり、昨年5月にウォン首相が就任。ウォン氏が政権を率いてから初の総選挙となった。米関税政策による国内経済への悪影響が懸念される中、PAPは給付金支給や企業への支援強化を訴えた。
選挙区数は、4~5人の候補者がチームを組み多数を得た党が議席を総取りするグループ選挙区(GRC)18区と、国会議員1人を選出する小選挙区(SMC)15区の計33区。選挙区割り変更のため、議席数は前回総選挙の93議席から97議席に増えた。ただ11年以来初となる無投票当選の選挙区があるため、92議席を巡って各政党が争った。
PAPは全ての選挙区で候補者を擁立。1965年の独立以来、一党支配体制が続いており今回の総選挙でも過半数を確保して勝利することは確実視されていた。
PAPは前回総選挙で得票率が61.2%となり、前々回15年の69.9%から大幅に低下していた。今回は65.6%で前回を4ポイント超上回り、議席数は改選前の83議席から4議席増えて87議席となった。地元紙は「PAPの地滑り的勝利」と報じた。
ウォン氏は4日未明に開いた会見で、有権者に感謝の意を伝えるとともに「国民の信任を受けたことでみなさんの生活がさらに良くなるよう尽くしたい」と話した。[caption id="attachment_26173" align="aligncenter" width="620"]総選挙でのPAPの勝利を受けて支持者らに手を振るウォン首相(左端、PAPの公式フェイスブックより)[/caption]
■新設の選挙区で与野党接戦
全選挙区の中で特に注目されたのが、選挙区割り変更で新設された北東部のプンゴールGRCだ。これまで北西部のチュアチューカンGRCから立候補していたガン・キムヨン副首相兼貿易産業相がプンゴールGRCから出馬。プンゴール地区に隣接する北東部のセンカンGRCは前回総選挙でWPが勝利しており、PAPは重要選挙区で主要閣僚を擁立した。
ガン氏が率いるPAPチームは、新興住宅街で若い有権者が多いプンゴールGRCで55.2%の得票率を得て勝利。同氏は新型コロナウイルス流行時に感染対策の閣僚級共同作業部会でウォン氏とともに共同議長を務めるなどしており、過去の実績への評価が勝利につながったとみられる。
ただ、若い世代を中心に国民の間では政治の多様性や生活コスト上昇への対応を求める声が高まっている。こういった意見をくみ取る受け皿としてWPの支持がどこまで拡大するかが総選挙の焦点となった。WPは物価高対策として、消費税(GST)の対象から食品などの生活必需品を除外する政策などを訴えていた。
WPは前回総選挙と同様にアルジュニードGRCとセンカンGRC、ホーガンSMCの3選挙区を制し、10議席を確保した。新設されたプンゴールGRCではガン副首相率いるPAPチームに対し、WPの得票率が44.8%となり善戦した。
非選挙区選出議員(NCMP、接戦となった選挙区で惜敗した野党から政府が選出する議員)では、WPから2人の立候補者が選ばれる見通しだ。これによりWPの議員は総選挙で勝った10人と合わせて12人となる。
ただNCMPは選挙区がないため、有権者と触れ合う機会がほとんどない。これまでは野党・シンガポール前進党(PSP)の2人がNCMPだった。
■PAPは無党派浮動票取り込みか
シンガポールの政治に詳しい日本貿易振興機構(ジェトロ)アジア経済研究所の副主任研究員、久末亮一氏はNNAに対し、「PAPの手堅い勝利だ。ウォン首相の率いる『第4世代(と呼ばれる40~50代の指導者層)』政権はひとまず国民の信任を得た。国際環境の困難に対応して国民生活を守るという与党側の主張に、現実主義的で安定性を重視する国民、特にスイング・ボーター(無党派浮動票)が流れた可能性がある」と説明した。
ただ、PAP堅調の背景には複数の要因が重なったと指摘。「『議員定数増』という与党に有利な選挙区割り(ゲリマンダー)」「WPなど主要野党以外に小規模野党6党が参戦し、その得票率が軒並み3割以下と低くなることでPAP得票率の上昇につながったこと」「激戦予想区でPAP有利の選挙区割りが影響したこと」が要因として挙げられるという。小規模野党や無所属候補も着実に得票率を得ていることから、国会での多様性やバランスを求める動きが退潮しているわけではないとも付け加えた。[caption id="attachment_26174" align="aligncenter" width="620"]投票箱に用紙を投入する有権者ら=3日、シンガポール中央部(NNA撮影)[/caption]
野党支持者からは、与党への不信感を吐露する声も聞かれる。自営業の40代のシンガポール人男性は、現在のPAPを全面的には支持できないとしてあえて野党に投票したと明かした。「PAPはこのところルーラー(支配者)であり、国民へのサーバント(奉仕者)ではない。国民の利益でなく自分たちの利益のために努力しているように感じる」とコメント。「国民は現在のシステムから十分な利益を得ておらず、人々の言葉は政府に届いていない」と胸中を明かした。
久末氏は今後の見通しについて、ウォン氏が総選挙後の演説で「国会での野党の存在を尊重し、その見解や提案を真摯(しんし)に受け止める」と述べたが、これが今後の野党対応にどんな形で反映されるか注視する必要があると指摘。野党支持者にはやや不本意な結果だったが、国会での多様性やバランスを求める動き自体は継続している上、今後の政権・与党側の国政運営には課題も多く、次回総選挙では無党派浮動票の風向きが変わる可能性もあるとの見解を示した。
今回の総選挙では、ヘン・スイキャット副首相やウン・エンヘン国防相といった複数のベテラン勢が出馬せず引退を決めた。久末氏は、最も重要なのはウォン首相が今後どのような構成で新内閣を組閣するかだとも説明。「複数の旧世代閣僚が重要ポストから退いた現在、誰がそのポストに就くのか」「『第5世代』の選抜・育成が始まる中で、新内閣にどのような若手が加わるのか」などが注目点だとしている。
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