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インド、反転した対米関係トランプ時代のBRICS(9)

新興国の枠組み「BRICS」原加盟国のインドが、対米関係で揺れている。インドの対米関係は第2次トランプ政権の発足後、友好的な関係を維持していた。ただ、米国が7月末にインドとロシアの関係に突如矛先を向け、制裁関税を課すと発表したことから、関係は反転。21世紀に入って最悪の水準となった。米印関係が悪化すれば、BRICSの原加盟国を「反米」で結束させる可能性があり、中国やロシアにとって望ましい状況になる。

インドはBRICSが「反米」に傾くのを防ぐブレーキとしての役割を期待されていたが、対米関係が悪化したことで先行きに不透明感が増している=24年10月、ロシア・カザン(BRICSサミットの公式サイト提供)

米政府は8月6日、米欧が制裁を科すロシアから原油を購入しているとして、インドに対し25%の追加関税をかける大統領令を公表した。これに先立つ7月30日にトランプ大統領は25%の関税を発表。追加分と合わせて50%の関税が課されることになった。翌日の7月31日にはSNSで「ロシアとインドは、機能不全の経済を共に破綻させればいい」とのコメントを投稿した。第2次トランプ政権が発足して以来、良好だと思われていたインドと米国の関係が、大きく反転した瞬間だった。対インドの追加関税は、8月27日に発効した。
インドのモディ首相は今年2月に米国を訪問し、トランプ大統領と会談。4月には米国のバンス副大統領がインドを訪問した。両国は年初から、二国間貿易協定(BTA)の交渉を続けていた。交渉では農産物や乳製品といった品目ではやや難航したとみられるものの、インドの関係閣僚は交渉が順調に進んでいると繰り返し強調。早ければ7月上旬には交渉が妥結するとの見通しも出ていた。それだけに、トランプ氏がインドとロシアの関係に突如矛先を向けたことは、政治・経済界に大きな衝撃を与えた。
■「いいとこ取り」の外交スタンス
BRICSの原加盟国の中で、インドは反米的な姿勢を強く打ち出すことをせず、穏健なスタンスを見せてきた。日米豪印の協力枠組み「クアッド」に参加する一方、BRICSに加えて上海協力機構(SCO)のメンバーでもある。インドは中国と国境対立を抱え、2020年には軍事衝突にまで至った。中国に対抗することを主眼とするクアッドに参加すると同時に、BRICSやSCOでは中国と同居することを厭わない。インドは伝統的にロシアとのつながりが強固で、武器の約7割をロシアから輸入している。ロシアによる22年のウクライナ侵攻以来、インドはロシア産原油の輸入を急拡大させた。購入の規模は1日当たり160万バレル前後とされ、最大の買い手となっている。
インドの「全方位外交」について国際基督教大学の近藤正規上級准教授は、「インドは自国の利益を最大化させるために、パキスタンとカナダ以外のあらゆる国と良好な関係を構築する『戦略的自律外交』を展開している」と解説。クアッドやBRICSといった枠組みの間で、明確な優劣をつけているわけではないという。例えば近年は中国との関係は安定しており、「クアッドの優先順位は、現状ではそれほど高くない」(近藤氏)。日本の一部の外交関係者にとっては、インドのクアッドに対するスタンスは物足りない点もあるようだ。ただ、米中両大国との関係に気を配りつつ経済発展に重きを置くモディ政権にとっては、外交の「いいとこ取り」は基本路線であり、BRICSについては「中国の首脳と定期的に会える」(同)ことが最大の利点となる。実際、24年10月には、中印は国境地帯での巡回警備で合意。直後にロシアのカザンで開催されたBRICSサミットでは、インドのモディ首相と中国の習近平国家主席による首脳会談にこぎ着けている。
■BRICSのブレーキ役
経済規模で世界5位、核保有国であり軍事費が世界4位の規模を誇るインドは、自らを新興・途上国「グローバルサウス」のリーダーであると位置付ける。議長国として迎えた23年9月の20カ国・地域首脳会議(G20サミット)では、ロシアの批判を避けつつ、新興国の声を代弁した共同声明をまとめることに成功した。近藤氏によると、インドにとってのBRICSは、「グローバルサウスの利益を促進するためのプラットフォーム」としての意味合いが強い。
「一帯一路」構想を巡り、グローバルサウスと呼ばれる国々に大規模な経済支援を展開する中国と異なり、インドは国際的な舞台で新興国の声を代弁する役割を果たすにとどまる。また、南アジアでインドは圧倒的な大国ではあるものの、地域からはインド以外のBRICS加盟国・パートナー国を出していない。これはパキスタンやバングラデシュ、スリランカといった周辺国とインドの関係がそれほど良くないことを象徴しているとも言える。一方、米国にとってはインドが新興国のリーダーとなっていくことに一定の警戒心はあるものの、「BRICSが過度に反米に振れるのを防ぐのはインド」との期待があり、バイデン政権は目立った批判を控えていた。
■反米色強まる可能性も
中国との関係が沈静化しているなかで、インドにとって火急の問題は米国との関係をどうコントロールするかということになった。インドにとって米国は安定的な信頼関係を築くのが難しい相手と言える。その米国がインドに強硬な姿勢を示せば、中ロとインドをさらに接近させることになるのではないか。江戸川大学の酒向浩二教授(社会学部経営社会学科)は「表面的にはそうだが、インドの基軸通貨はドルであり、経常赤字国。海外からのドル建て投資が不可欠なので、インドは厳しくなる」とし、「エネルギーと資本財輸入国なのでロシアや中国も押さえておきたいだろうが、伝統的な均等外交の、周到なリバランス力が問われる」との見方を示す。
近藤氏は急激に悪化した米印関係を「21世紀で最悪」の水準と表現する。インドは国内総生産(GDP)に占める輸出の割合が20%ほどであり、米国向けの輸出は2%程度。米国の関税が大幅に引き上げられたとしても、それほど大きな損失はない。ただ、インドにとっては関税そのものよりも、トランプ氏の一連の発言は、許容できるものではない。モディ氏は米国に譲歩する発言はしておらず、SNSでは米国ブランド製品の不買運動を呼びかける声もあがっている。
BRICSでは、米国からブラジルが50%の関税を課されたほか、南アフリカも人種問題でトランプ氏の批判を受けている。近藤氏は「トランプ関税に対応するBRICS首脳の動きは速く、加盟国の首脳同士が電話会談をするなどして結束を強めている」とし、「反米勢力としてまとまりつつある」と指摘する。モディ氏は9月の国連総会でトランプ氏と会談する可能性がある一方、中国の王毅外相が8月18~20日にインドを訪問。プーチン氏も年内にインドを訪問すると報じられている。「米国のバイデン前政権は、インドを刺激することが中国を利するだけだと政権末期に悟ったが、トランプ氏にはそのような発想はない」とし、「インドとの関係安定化を目指している中国は、米印の関係悪化を絶好の機会ととらえている」との見方を示す。友好国のロシアは別として、中国や米国といった大国となるべく波風を立てずに経済的な利益を追求してきたインド。米印関係はBRICSの方向付けをも左右する要素だけに、国際社会もその動向を注視している。
※特集「トランプ時代のBRICS」第10回「中ロが埋め込む『反米』の意志」は8月29日に掲載予定です。

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■「いいとこ取り」の外交スタンス
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インドの「全方位外交」について国際基督教大学の近藤正規上級准教授は、「インドは自国の利益を最大化させるために、パキスタンとカナダ以外のあらゆる国と良好な関係を構築する『戦略的自律外交』を展開している」と解説。クアッドやBRICSといった枠組みの間で、明確な優劣をつけているわけではないという。例えば近年は中国との関係は安定しており、「クアッドの優先順位は、現状ではそれほど高くない」(近藤氏)。日本の一部の外交関係者にとっては、インドのクアッドに対するスタンスは物足りない点もあるようだ。ただ、米中両大国との関係に気を配りつつ経済発展に重きを置くモディ政権にとっては、外交の「いいとこ取り」は基本路線であり、BRICSについては「中国の首脳と定期的に会える」(同)ことが最大の利点となる。実際、24年10月には、中印は国境地帯での巡回警備で合意。直後にロシアのカザンで開催されたBRICSサミットでは、インドのモディ首相と中国の習近平国家主席による首脳会談にこぎ着けている。
■BRICSのブレーキ役
経済規模で世界5位、核保有国であり軍事費が世界4位の規模を誇るインドは、自らを新興・途上国「グローバルサウス」のリーダーであると位置付ける。議長国として迎えた23年9月の20カ国・地域首脳会議(G20サミット)では、ロシアの批判を避けつつ、新興国の声を代弁した共同声明をまとめることに成功した。近藤氏によると、インドにとってのBRICSは、「グローバルサウスの利益を促進するためのプラットフォーム」としての意味合いが強い。
「一帯一路」構想を巡り、グローバルサウスと呼ばれる国々に大規模な経済支援を展開する中国と異なり、インドは国際的な舞台で新興国の声を代弁する役割を果たすにとどまる。また、南アジアでインドは圧倒的な大国ではあるものの、地域からはインド以外のBRICS加盟国・パートナー国を出していない。これはパキスタンやバングラデシュ、スリランカといった周辺国とインドの関係がそれほど良くないことを象徴しているとも言える。一方、米国にとってはインドが新興国のリーダーとなっていくことに一定の警戒心はあるものの、「BRICSが過度に反米に振れるのを防ぐのはインド」との期待があり、バイデン政権は目立った批判を控えていた。
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BRICSでは、米国からブラジルが50%の関税を課されたほか、南アフリカも人種問題でトランプ氏の批判を受けている。近藤氏は「トランプ関税に対応するBRICS首脳の動きは速く、加盟国の首脳同士が電話会談をするなどして結束を強めている」とし、「反米勢力としてまとまりつつある」と指摘する。モディ氏は9月の国連総会でトランプ氏と会談する可能性がある一方、中国の王毅外相が8月18~20日にインドを訪問。プーチン氏も年内にインドを訪問すると報じられている。「米国のバイデン前政権は、インドを刺激することが中国を利するだけだと政権末期に悟ったが、トランプ氏にはそのような発想はない」とし、「インドとの関係安定化を目指している中国は、米印の関係悪化を絶好の機会ととらえている」との見方を示す。友好国のロシアは別として、中国や米国といった大国となるべく波風を立てずに経済的な利益を追求してきたインド。米印関係はBRICSの方向付けをも左右する要素だけに、国際社会もその動向を注視している。
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