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車の付加価値、電動化から智能化へ

アジア各国で中国自動車メーカーの存在感が増すなか、各メディアに業界の分析や見通しについてコメントや論考を発信している、みずほ銀行の湯進・上席主任研究員。湯氏は先に『2040 中国自動車が世界を席巻する日 BYD、CATLの脅威』(日本経済新聞出版)を上梓した。「論文と現地での取材を盛り込んだ」と語る通り、最新のトレンドを分析したほか、比亜迪(BYD)と寧徳時代新能源科技(CATL)を中心に「現場ルポ」と題して日中の注目企業10社以上を訪問した。「100年に一度」と言われる自動車産業の変化を起こす電気自動車(EV)や電池メーカーの実態を、余すところなく伝えている本書について、湯氏に話を聞いた。

インタビューに答える湯進氏=9月、東京(NNA撮影)

——本書では「自動車の付加価値が、電動化から智能化に重心が移っている」と指摘している。
テスラは準自動運転機能「フルセルフドライビング(FSD)」を展開しており、中国では各メーカーが自動運転の実装を進めている。現在は軽くハンドルを握る程度で運転できる「レベル2.5」がある程度普及しており、「レベル3(一定条件下でシステムが走行を担う技術)」は3年くらいで本格的に実用化される可能性がある。武漢市で「レベル4」のロボタクシーに乗ったことを本書にも書いたが、無人で問題なく利用できた。百度(バイドゥ)はグローバル市場で「レベル4」の開発・普及を進めていると言われる。智能化は必須ではないが、大きな差別化のポイントになる可能性を秘めていることは間違いない。消費者にとっては、ガラケーとスマートフォンの違いのようなものだ。自動車の智能化が進めば、インフラにも多くのセンサーが取り付けられるようになるなど、この分野でも変化が生まれるだろう。
——車の電動化や智能化が進むなか、日系完成車メーカーの今後の見通しは。
日系メーカーが展開するハイブリッド車(HV)は低燃費で低価格を実現しており、まだまだ競争力を維持するだろう。中国系が得意とするプラグインハイブリッド車(PHV)は、バッテリーやモーターの分だけコスト高になる傾向があったが、これを改善しガソリン車と競合しつつある。PHVはバッテリーモードでも200キロメートル走ることができるようになり航続距離が伸びていることや、寒冷地にも強い。智能化に強みを持つことで、差別化が進むことになりそうだ。
車の電動化率は10%を超えると、普及が加速すると予想されている。日本では自動車の電動化率は2%ほどだが、北米では10%。米国では電動車に対する補助金がカットされているので、これがどう影響するかが鍵となる。欧州では日本車の人気がそれほど高くなく、中国勢が積極的に投資し、智能化を武器に差別化を進めているところだ。インドではガソリン車が主流だが、中国製のガソリン車が参入を許されるようであれば、勢力図が大きく変わることもありうる。中国車は標準的な価格の半分程度で販売できる可能性があるためだ。これらの市場に加え、中国勢が攻勢を強めている東南アジアで、勢力図がどのように変わっていくかも注目すべきポイントだ。また、若い世代は「安くてかっこ良い」ことや、「新たな乗車体験」を提供することを重視する傾向があり、パワートレインに対するこだわりはなくなりつつある。このように、世代交代の影響も現れてくる可能性がある。
■BYDとCATL、将来的な後継者問題も
——中国市場では、日系メーカーが競争力のあるEVを出し始めているように見える。
トヨタ自動車は中国では、21~22年の194万台をピークに23~24年はやや低迷したものの、今年は持ち直している。トヨタが中国で販売するモデルの4割は中~高級車で、値下げの余地はまだある。トヨタは「bZ3X」を投入し、日産も「N7」を発売するなど、中国でも日系メーカーが競争力を持つEVを出し始めていることは確かだ。ただ、EVについては既存の日系サプライチェーン(供給網)がやや弱く、開発期間も長い。スマート化についても出遅れている印象だ。日系メーカーはこれまで、ガソリン車やHVの開発に膨大な投資をしてきた。電動化に対応していくには、トップから技術者に至るまで組織全体を変えていかないと、切り替えられないだろう。非常に難しい課題に直面していると言える。
——タイトルにもある比亜迪(BYD)と寧徳時代新能源科技(CATL)の強さを、本書では詳しく分析している。両社の強さは盤石に見えるが、今後に向けた死角をあえて挙げるとすれば。

湯進氏が出版した『2040 中国自動車が世界を席巻する日 BYD、CATLの脅威』

BYDには王伝福、CATLには曽毓群(ロビン)というずばぬけたトップが率いている点が共通している。企業のトップの強みは、経営を管理することではなく、時代の変化を読み取ること。王氏も曽氏も、まさに時代の変化を読み切ることでBYDとCATLを世界企業に押し上げてきた。強力なトップがいることは両社の大きな強みであり、長期的に見れば死角になるかもしれない。BYDは若手の技術者を中心に、社員数は100万人近くに達している。王氏の後継者に、この規模のグループを率いていくことができるのか。王氏は60歳、ロビンは57歳とまだまだ若いが、いずれ後継者問題に直面する可能性はある。
■日系部品メーカーはティア2に勝機
——従来型のサプライヤーが「ティア1」や「ティア2」と表現されるのに対し、本書では「ティア0.5」という言葉が使われている。こちらの概念について。
「ティア0.5」に明確な定義があるわけではないが、自動車の世界で電動化や智能化が進むなかで付加価値を生み出す中核の部分を担う存在といえる。スマホであればグーグル、パソコンであればインテルのような存在だ。自動車では「ティア0.5」のサプライヤーは、消費者向け(BtoC)ではなく黒子のような役割を果たす。重要部品だけでなくソフトウエアの設計も含めたEVの「魂」の部分を手がけているため、完成車メーカーへの発言力が従来のサプライヤーより強くなる傾向がある。中国のファーウェイやカナダのマグナが「ティア0.5」に当てはまる。CATLはバッテリーだけでなく、シャシーの一体化やセルに対応したボディーの設計といった分野でも強みを発揮している。
——現在メガサプライヤーと呼ばれる企業は、車の電動化や智能化にどのように対応しているのか。
メガサプライヤーはすりあわせの能力が高く、パワートレイン系の技術に強みを持っている。今後の課題は、ソフトの部分だろう。自社の位置づけを見直し、足りない部分にお金と人材をつぎ込む必要がある。企業の合併・買収(M&A)を通じた合従連衡も起こりうると考えている。
——終盤の第8章では、「電動化で勝ち抜く日本のサプライヤー」と題し、西川ゴム工業(吸音ゴムシート)やフコク(ワイヤーブレードラバー)、ミクニ(流体制御技術)、林テレンプ(技術商社)、リョービ(ダイカスト)といった、中国企業相手のビジネスを順調に進めている事例を紹介している。これらの企業に共通する点とは。
中国企業にまねできないものを持っているか、という点だ。ゴムや非鉄金属、化学といった材料に関わる部分は、長年の研究が重要な要素で、中国勢が一朝一夕に追いつける分野ではない。こうした部分に強みを持つ企業は「ティア2」が多く、中国企業が追いつくには買収くらいしか手段がない。また経営面で言えば、これらの企業では本社が中国ビジネスの現状を理解し、危機感を持っている点やマーケットの変化を理解している点が共通している。
<プロフィル>
たん・じん 08年にみずほ銀行に入行し、自動車やエレクトロニクス産業を中心とした中国の産業経済についての調査業務を担当。日本の自動車関連企業の中国事業を支援する。著書に『中国のCASE革命——2035年のモビリティ未来図』『2030 中国自動車強国への戦略——世界を席巻するメガEVメーカーの誕生』『高所得時代の中国経済を読み解く』など多数。

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——車の電動化や智能化が進むなか、日系完成車メーカーの今後の見通しは。
日系メーカーが展開するハイブリッド車(HV)は低燃費で低価格を実現しており、まだまだ競争力を維持するだろう。中国系が得意とするプラグインハイブリッド車(PHV)は、バッテリーやモーターの分だけコスト高になる傾向があったが、これを改善しガソリン車と競合しつつある。PHVはバッテリーモードでも200キロメートル走ることができるようになり航続距離が伸びていることや、寒冷地にも強い。智能化に強みを持つことで、差別化が進むことになりそうだ。
車の電動化率は10%を超えると、普及が加速すると予想されている。日本では自動車の電動化率は2%ほどだが、北米では10%。米国では電動車に対する補助金がカットされているので、これがどう影響するかが鍵となる。欧州では日本車の人気がそれほど高くなく、中国勢が積極的に投資し、智能化を武器に差別化を進めているところだ。インドではガソリン車が主流だが、中国製のガソリン車が参入を許されるようであれば、勢力図が大きく変わることもありうる。中国車は標準的な価格の半分程度で販売できる可能性があるためだ。これらの市場に加え、中国勢が攻勢を強めている東南アジアで、勢力図がどのように変わっていくかも注目すべきポイントだ。また、若い世代は「安くてかっこ良い」ことや、「新たな乗車体験」を提供することを重視する傾向があり、パワートレインに対するこだわりはなくなりつつある。このように、世代交代の影響も現れてくる可能性がある。
■BYDとCATL、将来的な後継者問題も
——中国市場では、日系メーカーが競争力のあるEVを出し始めているように見える。
トヨタ自動車は中国では、21~22年の194万台をピークに23~24年はやや低迷したものの、今年は持ち直している。トヨタが中国で販売するモデルの4割は中~高級車で、値下げの余地はまだある。トヨタは「bZ3X」を投入し、日産も「N7」を発売するなど、中国でも日系メーカーが競争力を持つEVを出し始めていることは確かだ。ただ、EVについては既存の日系サプライチェーン(供給網)がやや弱く、開発期間も長い。スマート化についても出遅れている印象だ。日系メーカーはこれまで、ガソリン車やHVの開発に膨大な投資をしてきた。電動化に対応していくには、トップから技術者に至るまで組織全体を変えていかないと、切り替えられないだろう。非常に難しい課題に直面していると言える。
——タイトルにもある比亜迪(BYD)と寧徳時代新能源科技(CATL)の強さを、本書では詳しく分析している。両社の強さは盤石に見えるが、今後に向けた死角をあえて挙げるとすれば。
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BYDには王伝福、CATLには曽毓群(ロビン)というずばぬけたトップが率いている点が共通している。企業のトップの強みは、経営を管理することではなく、時代の変化を読み取ること。王氏も曽氏も、まさに時代の変化を読み切ることでBYDとCATLを世界企業に押し上げてきた。強力なトップがいることは両社の大きな強みであり、長期的に見れば死角になるかもしれない。BYDは若手の技術者を中心に、社員数は100万人近くに達している。王氏の後継者に、この規模のグループを率いていくことができるのか。王氏は60歳、ロビンは57歳とまだまだ若いが、いずれ後継者問題に直面する可能性はある。
■日系部品メーカーはティア2に勝機
——従来型のサプライヤーが「ティア1」や「ティア2」と表現されるのに対し、本書では「ティア0.5」という言葉が使われている。こちらの概念について。
「ティア0.5」に明確な定義があるわけではないが、自動車の世界で電動化や智能化が進むなかで付加価値を生み出す中核の部分を担う存在といえる。スマホであればグーグル、パソコンであればインテルのような存在だ。自動車では「ティア0.5」のサプライヤーは、消費者向け(BtoC)ではなく黒子のような役割を果たす。重要部品だけでなくソフトウエアの設計も含めたEVの「魂」の部分を手がけているため、完成車メーカーへの発言力が従来のサプライヤーより強くなる傾向がある。中国のファーウェイやカナダのマグナが「ティア0.5」に当てはまる。CATLはバッテリーだけでなく、シャシーの一体化やセルに対応したボディーの設計といった分野でも強みを発揮している。
——現在メガサプライヤーと呼ばれる企業は、車の電動化や智能化にどのように対応しているのか。
メガサプライヤーはすりあわせの能力が高く、パワートレイン系の技術に強みを持っている。今後の課題は、ソフトの部分だろう。自社の位置づけを見直し、足りない部分にお金と人材をつぎ込む必要がある。企業の合併・買収(M&A)を通じた合従連衡も起こりうると考えている。
——終盤の第8章では、「電動化で勝ち抜く日本のサプライヤー」と題し、西川ゴム工業(吸音ゴムシート)やフコク(ワイヤーブレードラバー)、ミクニ(流体制御技術)、林テレンプ(技術商社)、リョービ(ダイカスト)といった、中国企業相手のビジネスを順調に進めている事例を紹介している。これらの企業に共通する点とは。
中国企業にまねできないものを持っているか、という点だ。ゴムや非鉄金属、化学といった材料に関わる部分は、長年の研究が重要な要素で、中国勢が一朝一夕に追いつける分野ではない。こうした部分に強みを持つ企業は「ティア2」が多く、中国企業が追いつくには買収くらいしか手段がない。また経営面で言えば、これらの企業では本社が中国ビジネスの現状を理解し、危機感を持っている点やマーケットの変化を理解している点が共通している。
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たん・じん 08年にみずほ銀行に入行し、自動車やエレクトロニクス産業を中心とした中国の産業経済についての調査業務を担当。日本の自動車関連企業の中国事業を支援する。著書に『中国のCASE革命——2035年のモビリティ未来図』『2030 中国自動車強国への戦略——世界を席巻するメガEVメーカーの誕生』『高所得時代の中国経済を読み解く』など多数。" ["post_title"]=> string(48) "車の付加価値、電動化から智能化へ" ["post_excerpt"]=> string(0) "" ["post_status"]=> string(7) "publish" ["comment_status"]=> string(4) "open" ["ping_status"]=> string(4) "open" ["post_password"]=> string(0) "" ["post_name"]=> string(144) "%e8%bb%8a%e3%81%ae%e4%bb%98%e5%8a%a0%e4%be%a1%e5%80%a4%e3%80%81%e9%9b%bb%e5%8b%95%e5%8c%96%e3%81%8b%e3%82%89%e6%99%ba%e8%83%bd%e5%8c%96%e3%81%b8" ["to_ping"]=> string(0) "" ["pinged"]=> string(0) "" ["post_modified"]=> string(19) "2025-10-07 04:00:07" ["post_modified_gmt"]=> string(19) "2025-10-06 19:00:07" ["post_content_filtered"]=> string(0) "" ["post_parent"]=> int(0) ["guid"]=> string(34) "https://nnaglobalnavi.com/?p=29195" ["menu_order"]=> int(0) ["post_type"]=> string(4) "post" ["post_mime_type"]=> string(0) "" ["comment_count"]=> string(1) "0" ["filter"]=> string(3) "raw" }
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