インド半導体産業の勃興に合わせ、田中貴金属が商機拡大を狙う。特に後工程(チップの組み立てや検査)でチップと基板の電極を電気的に接続するボンディングワイヤ(金や銅を髪の毛の太さの5分の1程度に細線化)の世界シェアは約3割でトップクラス。現在、日本と中国、台湾、マレーシア、シンガポールの5カ国・地域にワイヤ工場を持つ。ワイヤ工場をインドで新設するかについて、インド法人・田中貴金属(インド)の伊藤裕社長はNNAの単独取材で「具体的な計画はまだないが、2026年から30年ごろの間に見極めたい」と話した。【鈴木健太】
半導体産業の展示会「セミコン・インディア2025」(9月2~4日)で設けた田中貴金属のブース=9月、インドの首都ニューデリー(NNA撮影)
インド政府は21年12月、7,600億ルピー(約1兆3,000億円)の補助金予算を計上した「半導体・ディスプレー製造エコシステム開発プログラム」を発表。以降、半導体の国内生産の開始・推進に本腰を入れる。伊藤氏は急な新規投資には慎重な立場で、「インド半導体産業の立ち上がりはまだはっきり見えていない。工場がどんどん立ち上がってくれば、ボンディングワイヤ工場をインドにも造る可能性がある」と話した。
田中貴金属が世界シェア約3割を握りトップクラスのボンディングワイヤに関する展示=9月、「セミコン・インディア2025」会場(NNA撮影)
インドでは現在、大規模な半導体工場は1つも稼働していないが、前工程(ウエハー表面上に電子回路を形成)で1工場、後工程で9工場の新設計画が進む。後工程工場については26年以降、地場タタ・グループなど各社が順次稼働させる見込み。26~30年の間に、各社の生産量は大幅に増えるとみられる。
インドで稼働予定の大半の後工程工場に対し、伊藤氏は「ボンディングワイヤのサンプルをすでに供給している」と言及。ワイヤ工場をインドで新設するかについては、「26年の立ち上がり次第。そこをまず見極めたい」と述べた。
ボンディングワイヤ以外にも、田中貴金属は前工程から後工程まで、半導体製造で使うさまざまな材料を有する。インド半導体産業が本格的に立ち上がり次第、薄膜材料スパッタリングターゲット(前工程向け)や通電試験で使うプローブピン(前・後工程向け)、チップと基板を接合する際に使う導電性の銀接着剤(後工程向け)の納入を狙う。貴金属のリサイクルにも力を入れる。
NNAの単独取材に応じた田中貴金属(インド)の伊藤裕社長=9月、ニューデリー(NNA撮影)

■電気や水などインフラは課題
インド半導体産業の強みについて、伊藤氏は「補助金7,600億ルピーをはじめとした中央政府のバックアップがあることだ」と指摘。弱みについては、インフラ整備の遅れを挙げ、「われわれで言うと、精製やリサイクルをする際に電気と水をふんだんに使う。精製は一度止まると材料が固まり、やり直さないといけない」と語った。
インド事業の今後の方針について、「当社は燃料電池向け貴金属触媒など半導体関連以外の製品もそろえている。インドは環境分野をはじめ成長ポテンシャルがある市場。いろんなものを組み合わせ、インド市場にアプローチしたい」と話した。
<メモ>
貴金属とはプラチナ、金、銀、パラジウム、ロジウム、イリジウム、ルテニウム、オスミウムの計8種類の元素。いずれも安くないものの、耐腐食性や触媒作用といった特性を持つ。宝飾品・資産だけでなく、産業用素材としても需要が高い。
田中貴金属は両替商として1885年に創業し、今年に140年を迎えた。現在は8種類の貴金属などの調達、開発、製造、販売、リサイクルを手がける世界有数の総合貴金属メーカー。2024年12月期の連結売上高は8,469億円だった。
半導体関連では、1964年に開発したボンディングワイヤを筆頭に、幅広い材料ラインアップを持つ。ボンディングワイヤ工場は、日本(佐賀県)とマレーシア、シンガポールに1工場ずつ、中国と台湾に2工場ずつあり、世界で計7工場。半導体産業の展示会「セミコン・インディア」(9月2~4日)は今年が初出展だった。
田中貴金属は2019年12月、販売会社・田中貴金属(インド)を西部ムンバイで設立。伊藤氏を含む約10人体制で、自動車向け排ガス浄化用触媒の貴金属化合物のほか、住宅・商業施設や自動車で使う燃料電池向け貴金属触媒の販売拡大に取り組んでいる。
排ガス浄化用触媒は二輪車や四輪車のマフラー内に組み込む。プラチナ、パラジウム、ロジウムが触媒として作用し、窒素酸化物(NOx)など有害ガスを浄化する。田中貴金属はプラチナ、パラジウム、ロジウムそれぞれの化合物を日本の工場からインドに輸入して触媒メーカーに納入。インド事業の主力製品になっている。
実はプラチナの世界需要を用途別に見ると、自動車触媒が4割を占めて最大。宝飾は2番目に多いが2割に過ぎないという。
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インドで稼働予定の大半の後工程工場に対し、伊藤氏は「ボンディングワイヤのサンプルをすでに供給している」と言及。ワイヤ工場をインドで新設するかについては、「26年の立ち上がり次第。そこをまず見極めたい」と述べた。
ボンディングワイヤ以外にも、田中貴金属は前工程から後工程まで、半導体製造で使うさまざまな材料を有する。インド半導体産業が本格的に立ち上がり次第、薄膜材料スパッタリングターゲット(前工程向け)や通電試験で使うプローブピン(前・後工程向け)、チップと基板を接合する際に使う導電性の銀接着剤(後工程向け)の納入を狙う。貴金属のリサイクルにも力を入れる。
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■電気や水などインフラは課題
インド半導体産業の強みについて、伊藤氏は「補助金7,600億ルピーをはじめとした中央政府のバックアップがあることだ」と指摘。弱みについては、インフラ整備の遅れを挙げ、「われわれで言うと、精製やリサイクルをする際に電気と水をふんだんに使う。精製は一度止まると材料が固まり、やり直さないといけない」と語った。
インド事業の今後の方針について、「当社は燃料電池向け貴金属触媒など半導体関連以外の製品もそろえている。インドは環境分野をはじめ成長ポテンシャルがある市場。いろんなものを組み合わせ、インド市場にアプローチしたい」と話した。
<メモ>
貴金属とはプラチナ、金、銀、パラジウム、ロジウム、イリジウム、ルテニウム、オスミウムの計8種類の元素。いずれも安くないものの、耐腐食性や触媒作用といった特性を持つ。宝飾品・資産だけでなく、産業用素材としても需要が高い。
田中貴金属は両替商として1885年に創業し、今年に140年を迎えた。現在は8種類の貴金属などの調達、開発、製造、販売、リサイクルを手がける世界有数の総合貴金属メーカー。2024年12月期の連結売上高は8,469億円だった。
半導体関連では、1964年に開発したボンディングワイヤを筆頭に、幅広い材料ラインアップを持つ。ボンディングワイヤ工場は、日本(佐賀県)とマレーシア、シンガポールに1工場ずつ、中国と台湾に2工場ずつあり、世界で計7工場。半導体産業の展示会「セミコン・インディア」(9月2~4日)は今年が初出展だった。
田中貴金属は2019年12月、販売会社・田中貴金属(インド)を西部ムンバイで設立。伊藤氏を含む約10人体制で、自動車向け排ガス浄化用触媒の貴金属化合物のほか、住宅・商業施設や自動車で使う燃料電池向け貴金属触媒の販売拡大に取り組んでいる。
排ガス浄化用触媒は二輪車や四輪車のマフラー内に組み込む。プラチナ、パラジウム、ロジウムが触媒として作用し、窒素酸化物(NOx)など有害ガスを浄化する。田中貴金属はプラチナ、パラジウム、ロジウムそれぞれの化合物を日本の工場からインドに輸入して触媒メーカーに納入。インド事業の主力製品になっている。
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