フィリピンのエネルギー省は10月、2020年から原則的に停止していた石炭火力発電所の新設承認を巡り、規制対象外の範囲を大幅に広げた。重要鉱物の採掘・加工や自家利用に用いる発電設備などを新たに承認する。企業の声を踏まえた措置だが、脱炭素に逆行するとして地元の一部シンクタンクやメディアから批判の声が上がっている。【高田陸、Tiziana Celine Piatos】
エネルギー省は石炭火力発電所の承認要件を広げた=3日、マニラ首都圏タギッグ市(NNA撮影)
エネルギー省は20年12月、石炭火力発電所の新設承認を原則として停止する勧告を出した。再生可能エネルギーや新技術の導入促進が目的で、すでに設備拡張や土地取得などの具体的な計画が進んでいた事業は対象外とした。
今年10月の勧告では、この規制の適用を免除する範囲を広げた。具体的には、石炭火力発電所を自家開発・利用する工業団地や、送配電網に接続していないオフグリッド地域での案件、エネルギー転換に不可欠な重要鉱物の採掘・加工に電力を供給する自家利用事業を、新たに承認可能とした。重要鉱物にはニッケルやマンガンを想定する。電力逼迫(ひっぱく)など例外的な状況での事業許可の可能性も明記した。
承認を受けた事業提案者は再エネかクリーンエネルギーへの移行計画を策定した上で、60年末までに石炭火力を廃止するかクリーン燃料への転換が義務づけられる。
エネルギー省・電力産業管理局の担当者はNNAの取材に対し、20年の勧告以降にルールの明確化を求める声が企業から多く寄せられたと説明。大統領府からも検討指示があり、新たな勧告を発出したという。
担当者によると、これまでに複数の案件で新設を承認した。セメント会社や鉱業会社の自家利用があるほか、オフグリッド地域での事例もある。
同局のルニンニン・バルタザール局長は「当面はさらなる免除対象の拡大は予定していない」と強調。「長期的に何か変更がある場合も、エネルギー転換やエネルギー安全保障という目標に沿ったものになる」と説明した。
「エネルギー転換やエネルギー安全保障に沿って政策を進める」と話す電力産業管理局のバルタザール局長=3日、マニラ首都圏タギッグ市(NNA撮影)
■制度的に不安定との指摘も
二酸化炭素排出量の多い石炭火力発電を増やすことになる政策には、批判の声も出ている。エネルギー・エコロジー開発研究所(CEED)のゲリー・アランセス所長は声明で、「元々の政策が目指す目標を根本的に損なう」と批判。60年という期限は「著しく意欲を欠いている」と指摘するほか、免除条件として定める「例外的な状況」は何にでも当てはまりうる条件になっているとの懸念も示した。
地元紙マニラブレティンのコラムニスト、ミルナ・ベラスコ氏は10月20日付の論説記事で、法律ではなく勧告の形を取っているため変更や破棄をしやすく、制度的安定性に欠けると指摘。「次の政権でもルールが変わらないかどうか、投資家や金融機関は不安にならざるを得ない」と苦言を呈した。
一方、バルタザール氏は「再エネなどへの転換に関心を示さない事業者には免除を適用しない可能性も検討している」と述べると同時に、「われわれの経済は成長している。依然として設備容量が必要だ」と石炭火力の重要性を強調した。
フィリピン政府は40年までに全発電量に占める再エネの割合を50%まで引き上げる目標を掲げるが、直近では20%台前半で推移し、むしろ減少傾向にある。反対に石炭火力は増え続け、24年は62.5%を占めた。
洪水対策事業を巡る汚職問題で政府や議会への国民の信頼は低下している。再エネ普及のためにエネルギーコストが上昇すれば、国民の支持がさらに離れるのは必至だ。人口増加が続き、経済成長の維持も最重要課題となる中で、石炭火力からの脱却に本格的にかじを切るのはしばらく困難といえそうだ。
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エネルギー省は石炭火力発電所の承認要件を広げた=3日、マニラ首都圏タギッグ市(NNA撮影)[/caption]
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今年10月の勧告では、この規制の適用を免除する範囲を広げた。具体的には、石炭火力発電所を自家開発・利用する工業団地や、送配電網に接続していないオフグリッド地域での案件、エネルギー転換に不可欠な重要鉱物の採掘・加工に電力を供給する自家利用事業を、新たに承認可能とした。重要鉱物にはニッケルやマンガンを想定する。電力逼迫(ひっぱく)など例外的な状況での事業許可の可能性も明記した。
承認を受けた事業提案者は再エネかクリーンエネルギーへの移行計画を策定した上で、60年末までに石炭火力を廃止するかクリーン燃料への転換が義務づけられる。
エネルギー省・電力産業管理局の担当者はNNAの取材に対し、20年の勧告以降にルールの明確化を求める声が企業から多く寄せられたと説明。大統領府からも検討指示があり、新たな勧告を発出したという。
担当者によると、これまでに複数の案件で新設を承認した。セメント会社や鉱業会社の自家利用があるほか、オフグリッド地域での事例もある。
同局のルニンニン・バルタザール局長は「当面はさらなる免除対象の拡大は予定していない」と強調。「長期的に何か変更がある場合も、エネルギー転換やエネルギー安全保障という目標に沿ったものになる」と説明した。
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■制度的に不安定との指摘も
二酸化炭素排出量の多い石炭火力発電を増やすことになる政策には、批判の声も出ている。エネルギー・エコロジー開発研究所(CEED)のゲリー・アランセス所長は声明で、「元々の政策が目指す目標を根本的に損なう」と批判。60年という期限は「著しく意欲を欠いている」と指摘するほか、免除条件として定める「例外的な状況」は何にでも当てはまりうる条件になっているとの懸念も示した。
地元紙マニラブレティンのコラムニスト、ミルナ・ベラスコ氏は10月20日付の論説記事で、法律ではなく勧告の形を取っているため変更や破棄をしやすく、制度的安定性に欠けると指摘。「次の政権でもルールが変わらないかどうか、投資家や金融機関は不安にならざるを得ない」と苦言を呈した。
一方、バルタザール氏は「再エネなどへの転換に関心を示さない事業者には免除を適用しない可能性も検討している」と述べると同時に、「われわれの経済は成長している。依然として設備容量が必要だ」と石炭火力の重要性を強調した。
フィリピン政府は40年までに全発電量に占める再エネの割合を50%まで引き上げる目標を掲げるが、直近では20%台前半で推移し、むしろ減少傾向にある。反対に石炭火力は増え続け、24年は62.5%を占めた。
洪水対策事業を巡る汚職問題で政府や議会への国民の信頼は低下している。再エネ普及のためにエネルギーコストが上昇すれば、国民の支持がさらに離れるのは必至だ。人口増加が続き、経済成長の維持も最重要課題となる中で、石炭火力からの脱却に本格的にかじを切るのはしばらく困難といえそうだ。"
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