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《安全》東南ア洪水、対策再考急務に想定外の災害、支援や予算課題

タイやインドネシアを中心に東南アジアで11月下旬に甚大な水害が発生した。両国での死者数が800人を超え、復旧・救助活動が続く中、気候変動やリスク管理の専門家は豪雨対策の見直しが急務だと指摘する。タイ南部では「300年に一度の洪水」などとも言われ、赤道近くのインドネシアでは台風が発生しにくいとされてきたが、想定外の被害が出た。両国政府にとって、不可抗力の「損失と損害」への支援や、大規模災害に対応できるインフラ投資予算の確保などが課題となる。【京正裕之】
タイ内務省災害防止軽減局によると、同国南部で発生した洪水による死者数は2日時点で178人となった。インドネシアの地元メディアは2日、同国のスマトラ島で起きた洪水や地滑りでの死者数は少なくとも631人に上ったと報じた。
タイのエクニティ副首相兼財務相は1日、南部洪水による経済損失は5,000億バーツ(約2兆4,320億円)に上るとの見通しを明らかにした。インドネシアでは地場シンクタンクの試算で、41億米ドル(約6,385億円)の損失が発生するとみられている。
タイの水資源管理の専門家ピリヤ・ウライウォン氏は、NNAに対して、同国で起きた洪水は北東モンスーン(季節風)による雨雲の停滞で豪雨が発生したために起きたとみていると述べた。
一方、インドネシアのスマトラ島の被害は、マラッカ海峡を通過した熱帯低気圧(サイクロン)「セニャール」による豪雨が原因とされる。セニャールがタイに直接影響を与えたという報告はないという。
従来、赤道付近にあるマラッカ海峡では、熱帯低気圧が発生しにくいとされてきた。地球の自転による転向力「コリオリの力」が弱く熱帯低気圧の渦が生まれにくいためだ。
これに対し、国際環境非政府組織(NGO)で長年活動してきたタラ・ブアカムシ氏が運営する、気候変動問題に関する情報サイト「クライメート・コネクターズ」は1日、セニャールの影響について、「赤道はもはや安全ゾーンではない。局地的な異常ではなく、新たな気候時代の地域におけるショッキングな出来事だ」と指摘した。

インドネシアのスマトラ島で起きた大規模水害では違法伐採が被害を拡大させたとの指摘が相次いでいる(写真はイメージ)=24年5月、インドネシア北スマトラ州(NNA撮影)

■「損失と損害」への対応が不可欠
こうした異常気象への危機感をさらに高めたのは、タイやインドネシアを含む各国が11月10~22日にブラジルで開かれた国連気候変動枠組み条約第30回締約国会議(COP30)に向けて、温室効果ガスの新たな排出削減目標を設定した直後だったためだ。タラ氏は「これは不運な偶然の一致ではない」とし、政策の不十分さも原因だと指摘した。
タイ政府は、温室効果ガスの排出量を実質ゼロにする「ネットゼロ」の達成目標を当初の2065年から50年へ前倒しするため、35年に排出量を19年比で47%削減することを掲げた。再生可能エネルギーの導入や電気自動車(EV)の普及といった排出削減策(緩和策)も盛り込んだ。
また、気候変動への適応策を示した「国家気候変動適応計画(NAP)」で農業や観光など分野別のリスクを把握してきた。
だが、タラ氏は、気候変動による不可抗力の損失を意味する「ロス・アンド・ダメージ(損失と損害)」に関する政策が欠けていると指摘する。損失と損害とは、経済的損失(家屋の破壊や農作物の損壊、収入の損失、インフラの損傷など)と非経済的損失(被災後のトラウマ=心的外傷=、健康への影響、文化遺産・地域社会の結束・教育機会の喪失など)を意味する。

途上国の損失と損害に対し、資金援助するための国際的な基金の設立は22年のCOP27で決まり、日本も拠出している。だが、タイ国内では本格的な議論が始まっていないという。ただし、タラ氏は政府が検討を進める「気候変動法案」を修正して盛り込むことや、NAPを更新することで対応は可能とみる。
ピリヤ氏も、「損失と損害は、国家の緊急時計画や復旧計画に統合すべきだ」と主張した。政府は生計や重要インフラ、脆弱(ぜいじゃく)な人々への影響を含めて、損失と損害を評価する枠組みを策定する必要があると指摘した。
その上で、ピリヤ氏は、「政府は『最悪の事態に備える』という考え方へ転換する必要がある。これまで300年に一度の災害に対応できるインフラを設計するための十分な予算はなかった。しかし、従来の防災・インフラ設計の前提はもはや適切ではなく、政策と予算配分を見直す必要がある」と述べた。
地域社会に対しては、災害対応能力の向上やコミュニティーベースの備え、早期警報システムの改善などの支援が重要だとの認識を示した。
■日系大手、大規模被害免れる
タイ南部の洪水は、地域の最大都市ソンクラー県ハジャイで操業する日系企業にも影響を与えた。
水産大手ニッスイは1日、グループ会社でハジャイに工場を持つニッスイタイランドについて、「工場は周辺地域よりも比較的高い場所にあるため、浸水は免れた」と説明した。ただ、同日時点では上水の供給が停止しているため、稼働は一部に限られるとした。また、冠水が広がった影響で従業員の通勤にも支障が出ているとした。一方、「周辺地域には少量だが給水が再開されているため、数日中に本格再開は可能だと思われる」と述べた。
また、王子ホールディングスのグループ会社で、ハジャイで段ボールなどを製造するSパック&プリント(SPACK)は1日、洪水の影響について、工場は洪水の直接的な被害地域にはなく、資産や機械、インフラへの被害はないと明らかにした。被災地域に居住する従業員の一部が出勤できず、一時的に生産へ影響が出たが、現在は通常に戻ったという。
想定外の集中豪雨に対する企業の備えとして、タイ国東京海上火災保険の城野崇氏(エグゼクティブリスクコンサルタント)は、「まず自社の事業拠点の浸水リスクを改めて把握すべきだ」とアドバイス。その上で、従業員が受ける被害などの「インパクトの大きさ」、資産の損傷や事業中断といった「コストの大きさ」から対策を考えていく必要があると解説した。
※関連記事:自社の浸水リスク、改めて把握を=城野氏

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タイ内務省災害防止軽減局によると、同国南部で発生した洪水による死者数は2日時点で178人となった。インドネシアの地元メディアは2日、同国のスマトラ島で起きた洪水や地滑りでの死者数は少なくとも631人に上ったと報じた。
タイのエクニティ副首相兼財務相は1日、南部洪水による経済損失は5,000億バーツ(約2兆4,320億円)に上るとの見通しを明らかにした。インドネシアでは地場シンクタンクの試算で、41億米ドル(約6,385億円)の損失が発生するとみられている。
タイの水資源管理の専門家ピリヤ・ウライウォン氏は、NNAに対して、同国で起きた洪水は北東モンスーン(季節風)による雨雲の停滞で豪雨が発生したために起きたとみていると述べた。
一方、インドネシアのスマトラ島の被害は、マラッカ海峡を通過した熱帯低気圧(サイクロン)「セニャール」による豪雨が原因とされる。セニャールがタイに直接影響を与えたという報告はないという。
従来、赤道付近にあるマラッカ海峡では、熱帯低気圧が発生しにくいとされてきた。地球の自転による転向力「コリオリの力」が弱く熱帯低気圧の渦が生まれにくいためだ。
これに対し、国際環境非政府組織(NGO)で長年活動してきたタラ・ブアカムシ氏が運営する、気候変動問題に関する情報サイト「クライメート・コネクターズ」は1日、セニャールの影響について、「赤道はもはや安全ゾーンではない。局地的な異常ではなく、新たな気候時代の地域におけるショッキングな出来事だ」と指摘した。
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■「損失と損害」への対応が不可欠
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タイ政府は、温室効果ガスの排出量を実質ゼロにする「ネットゼロ」の達成目標を当初の2065年から50年へ前倒しするため、35年に排出量を19年比で47%削減することを掲げた。再生可能エネルギーの導入や電気自動車(EV)の普及といった排出削減策(緩和策)も盛り込んだ。
また、気候変動への適応策を示した「国家気候変動適応計画(NAP)」で農業や観光など分野別のリスクを把握してきた。
だが、タラ氏は、気候変動による不可抗力の損失を意味する「ロス・アンド・ダメージ(損失と損害)」に関する政策が欠けていると指摘する。損失と損害とは、経済的損失(家屋の破壊や農作物の損壊、収入の損失、インフラの損傷など)と非経済的損失(被災後のトラウマ=心的外傷=、健康への影響、文化遺産・地域社会の結束・教育機会の喪失など)を意味する。

途上国の損失と損害に対し、資金援助するための国際的な基金の設立は22年のCOP27で決まり、日本も拠出している。だが、タイ国内では本格的な議論が始まっていないという。ただし、タラ氏は政府が検討を進める「気候変動法案」を修正して盛り込むことや、NAPを更新することで対応は可能とみる。
ピリヤ氏も、「損失と損害は、国家の緊急時計画や復旧計画に統合すべきだ」と主張した。政府は生計や重要インフラ、脆弱(ぜいじゃく)な人々への影響を含めて、損失と損害を評価する枠組みを策定する必要があると指摘した。
その上で、ピリヤ氏は、「政府は『最悪の事態に備える』という考え方へ転換する必要がある。これまで300年に一度の災害に対応できるインフラを設計するための十分な予算はなかった。しかし、従来の防災・インフラ設計の前提はもはや適切ではなく、政策と予算配分を見直す必要がある」と述べた。
地域社会に対しては、災害対応能力の向上やコミュニティーベースの備え、早期警報システムの改善などの支援が重要だとの認識を示した。
■日系大手、大規模被害免れる
タイ南部の洪水は、地域の最大都市ソンクラー県ハジャイで操業する日系企業にも影響を与えた。
水産大手ニッスイは1日、グループ会社でハジャイに工場を持つニッスイタイランドについて、「工場は周辺地域よりも比較的高い場所にあるため、浸水は免れた」と説明した。ただ、同日時点では上水の供給が停止しているため、稼働は一部に限られるとした。また、冠水が広がった影響で従業員の通勤にも支障が出ているとした。一方、「周辺地域には少量だが給水が再開されているため、数日中に本格再開は可能だと思われる」と述べた。
また、王子ホールディングスのグループ会社で、ハジャイで段ボールなどを製造するSパック&プリント(SPACK)は1日、洪水の影響について、工場は洪水の直接的な被害地域にはなく、資産や機械、インフラへの被害はないと明らかにした。被災地域に居住する従業員の一部が出勤できず、一時的に生産へ影響が出たが、現在は通常に戻ったという。
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