パン・洋菓子製造販売のエーワン(A—1)ベーカリー(香港)が、IT部門を事業化する。これまで自社の生産や店舗管理を効率化するために導入してきた先進的な人工知能(AI)とシステム構築のノウハウは、異業種を含む他社にも需要があると判断した。IT振興に力を入れているマレーシアに拠点を設け、アジア全体を視野に市場開拓を図る。【福地大介】
エーワンベーカリーの店舗。店内にAIカメラを設置するなど、香港の小売業界で先駆的に販売管理のAI化を進めている=3月、九龍塘(NNA撮影)
マレーシアの首都クアラルンプールにある日系ITのCSL社を傘下に収め、4月からエーワンのグループ会社として運営を開始した。CSLはもともと日本のメーカー向けを中心にシステム開発を行ってきた会社で、20年以上にわたる同国での業務実績がある。
「ずっとパン屋をやってきたわれわれが、ITの会社を持つことになるとは想像外だった」。そう言って笑うエーワンベーカリー(香港)の楊井元伸・董事長兼最高経営責任者(CEO)だが、新事業はあくまで、同社がこれまで本業の中で進めてきたITによる経営効率化の延長線上にある。
同社はかねて、香港の業界でいち早く工場の自動化に取り組んできた。統合基幹業務システム(ERP)を日本から導入し、従来は担当者の経験や感覚に頼るところがあった購買も、客観的データに基づいて自動的に管理できるようにした。
ここ数年は店舗のデジタルイノベーションを推進。客がトレーに載せた商品をAIカメラで瞬時にスキャンして自動的に金額を算出するベーカリースキャンと、電子決済だけでなく現金決済にも自動で対応できるキャッシュマシンを全店に導入した。
このほか、店舗の商品発注も人間の判断に依存せず、販売データを基に最適化できるシステムを近く導入する。AIカメラを活用し、商品陳列状況の変化から売れている商品をリアルタイムに検知して発注や製造に自動的に反映させるシステムの構築なども進めている。
IT関連の業務が日に日に増える一方、香港では十分な人材を確保することが難しく、プログラミングやインテグレーションは海外に移管することを考えていた時に目を付けたのがマレーシア。人材とコストの面で香港よりも優位性があり、グループのアジア展開を見据えて地理的にも魅力が大きかった。
■ローカライズに強み
グループに迎え入れたCSLでは今後、エーワンのITサポート業務に加え、日本のIT企業が開発した製品をローカライズして他社向けに販売する事業を手がける。優れた製品を持ちながらも海外に展開できない日本のIT企業と、海外で日本のIT製品を求めるユーザー企業との橋渡し役をCSLが担う。
IT企業が開発するシステムは、さまざまな業種、企業で使うことを想定して汎用(はんよう)的に作られるため、使う際はユーザーごとに細かい調整が必要となる。さらに日本のIT製品は国内市場向けに特化しているものが多く、そのままでは海外に適用できない。
エーワンベーカリー(香港)の田渕義和・執行董事(エグゼクティブディレクター)は「そこにさまざまなノウハウがあり、需要がある」と説明する。自社で積極的に日本のIT製品を導入し、香港の実情に合わせてローカライズしてきた同社の経験が生かせるというわけだ。
同社が店舗で使用しているAIカメラ搭載の商品スキャンシステムとキャッシュマシンは、いずれも香港の小売業界で初めての実用化として注目された。同業他社からも問い合わせが来ているという。
CSLのCEOとしてエーワングループに加わった森山一郎氏は「100店舗以上を管理するチェーンストアシステムを構築し、実際に自社で運用した実績を持っていることが、ほかのIT企業にはまねできないエーワンの強み」と指摘する。
■成長企業をサポートしたい
大阪で創業したエーワンが香港に進出して約40年。店舗数は3月時点で108店に上っている。これだけの規模になるまでには大きな苦労があり、ITは同社にとって成長過程で直面した問題を解決するための手段だった。
「今の香港は小売業の働き手が少なく、雇ってもすぐに辞めてしまう。人を信じるということだけでは多店舗化できない時代になった。感覚に頼るのではなく、ITを導入することが従業員にとってもフェア」と楊井氏は話す。今後は勤務シフトの作成や人事考課にもAIを応用しようと考えている。
一方、ITにはお金がかかるのも現実だ。エグゼクティブディレクターの田渕氏は「店舗数が10店、20店と増えていくうちに管理が利かなくなるという問題をどの会社でも経験するが、それを解決するためにITに投資して試行錯誤する余力はその規模の会社ではなかなか持てない」と説明。「われわれはそこを経験してきた。失敗も繰り返した。だから、ユーザーのかゆいところに手が届くシステムを提供できる」と力を込める。
エーワンはCSLを足がかりに、マレーシアで本業のベーカリー事業を展開することも計画中だ。CSLで販売するシステムを実際にベーカリーの店舗で運用し、その様子を同国のユーザーに見てもらうことで両部門の相乗効果が見込める。
「新しい分野に挑むことで次の世代につながる発見があり、外に出て行くきっかけにもなる」と楊井氏。香港からマレーシアへ、そして今後は東南アジア諸国連合(ASEAN)全体の市場を視野に入れている。「大きな夢ばかり見ているようだが、小売業に寄り添い、成長企業をサポートするIT事業に育てていきたい」
エーワンベーカリーの楊井董事長兼CEO。香港の店舗数は100店を超え、年内に120店まで増える見通し=3月、沙田(NNA撮影)
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同社はかねて、香港の業界でいち早く工場の自動化に取り組んできた。統合基幹業務システム(ERP)を日本から導入し、従来は担当者の経験や感覚に頼るところがあった購買も、客観的データに基づいて自動的に管理できるようにした。
ここ数年は店舗のデジタルイノベーションを推進。客がトレーに載せた商品をAIカメラで瞬時にスキャンして自動的に金額を算出するベーカリースキャンと、電子決済だけでなく現金決済にも自動で対応できるキャッシュマシンを全店に導入した。
このほか、店舗の商品発注も人間の判断に依存せず、販売データを基に最適化できるシステムを近く導入する。AIカメラを活用し、商品陳列状況の変化から売れている商品をリアルタイムに検知して発注や製造に自動的に反映させるシステムの構築なども進めている。
IT関連の業務が日に日に増える一方、香港では十分な人材を確保することが難しく、プログラミングやインテグレーションは海外に移管することを考えていた時に目を付けたのがマレーシア。人材とコストの面で香港よりも優位性があり、グループのアジア展開を見据えて地理的にも魅力が大きかった。
■ローカライズに強み
グループに迎え入れたCSLでは今後、エーワンのITサポート業務に加え、日本のIT企業が開発した製品をローカライズして他社向けに販売する事業を手がける。優れた製品を持ちながらも海外に展開できない日本のIT企業と、海外で日本のIT製品を求めるユーザー企業との橋渡し役をCSLが担う。
IT企業が開発するシステムは、さまざまな業種、企業で使うことを想定して汎用(はんよう)的に作られるため、使う際はユーザーごとに細かい調整が必要となる。さらに日本のIT製品は国内市場向けに特化しているものが多く、そのままでは海外に適用できない。
エーワンベーカリー(香港)の田渕義和・執行董事(エグゼクティブディレクター)は「そこにさまざまなノウハウがあり、需要がある」と説明する。自社で積極的に日本のIT製品を導入し、香港の実情に合わせてローカライズしてきた同社の経験が生かせるというわけだ。
同社が店舗で使用しているAIカメラ搭載の商品スキャンシステムとキャッシュマシンは、いずれも香港の小売業界で初めての実用化として注目された。同業他社からも問い合わせが来ているという。
CSLのCEOとしてエーワングループに加わった森山一郎氏は「100店舗以上を管理するチェーンストアシステムを構築し、実際に自社で運用した実績を持っていることが、ほかのIT企業にはまねできないエーワンの強み」と指摘する。
■成長企業をサポートしたい
大阪で創業したエーワンが香港に進出して約40年。店舗数は3月時点で108店に上っている。これだけの規模になるまでには大きな苦労があり、ITは同社にとって成長過程で直面した問題を解決するための手段だった。
「今の香港は小売業の働き手が少なく、雇ってもすぐに辞めてしまう。人を信じるということだけでは多店舗化できない時代になった。感覚に頼るのではなく、ITを導入することが従業員にとってもフェア」と楊井氏は話す。今後は勤務シフトの作成や人事考課にもAIを応用しようと考えている。
一方、ITにはお金がかかるのも現実だ。エグゼクティブディレクターの田渕氏は「店舗数が10店、20店と増えていくうちに管理が利かなくなるという問題をどの会社でも経験するが、それを解決するためにITに投資して試行錯誤する余力はその規模の会社ではなかなか持てない」と説明。「われわれはそこを経験してきた。失敗も繰り返した。だから、ユーザーのかゆいところに手が届くシステムを提供できる」と力を込める。
エーワンはCSLを足がかりに、マレーシアで本業のベーカリー事業を展開することも計画中だ。CSLで販売するシステムを実際にベーカリーの店舗で運用し、その様子を同国のユーザーに見てもらうことで両部門の相乗効果が見込める。
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