尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領の「非常戒厳」宣布から急展開を見せる韓国情勢。尹氏の弾劾訴追案は与党のボイコットにより廃案となったが、現政権の権威はすでに失墜しており、政治的混乱が長期化する恐れがある。同志社大学の浅羽祐樹教授に、現状分析や日韓関係など今後の見通しについて聞いた。
同志社大学の浅羽祐樹教授=8日、韓国・ソウル(NNA撮影)
——弾劾案が廃案となった。
与党は、野党に政権を渡したくないという党派的な判断により採決にすら参加しなかった。この対応を見た国民は「絶望感」を感じずにはいられなかっただろう。
韓国の憲法には「国家の利益を優先し、良心に従って職務を行う」という規定があるが、今回はその使命がまったく果たされなかったことになる。国民の怒りはこれから一段と強まりそうだ。
そんな中、弾劾案の再採決が行われれば、前回のように議場から退席して投票をボイコットするという行為は難しくなる。与党がいくら党議拘束をかけても、国民からの批判を恐れて、与党議員からは造反が大きくなる可能性がある。
——与党は尹氏の辞任まで国政を運営するという。
韓東勲(ハン・ドンフン)代表は、国務総理である韓悳洙(ハン・ドクス)首相と緊密に協議しながら今後の国政を運営する方針を示した。ただ、大統領が弾劾訴追されていない中、国務総理と与党が内政や外交を担うのは憲法上、想定されていないことだ。
大統領が「闕位」(けつい)「事故」でもないのに、「大統領を補佐する」立場の国務総理が、国政を運営することは憲法違反になる可能性もある。なにより、国民や野党がこうした方法を受け入れるはずもないため、デッドロック(行き詰まり)が続く。
——尹氏の法的責任は。
尹大統領の非常戒厳宣布は明白な憲法77条の違反で、「self—coup」(自主クーデター)に該当する。憲法裁判所での弾劾審判となれば、「重大な法令違反」と認められ、罷免の判断が下されるだろう。
2017年の朴槿恵(パク・クネ)元大統領の審判の際は、朴氏が友人である崔順実(チェ・スンシル、現在はチェ・ソウォンに改名)氏の利益追求に関与したことの重大性が認められ、全員一致で罷免が妥当と判断された。尹氏の非常戒厳宣布は、朴氏の違反と比べものにならないほどの「重大な法令違反」であり、この見解は韓国の保守・進歩関係なく憲法専門家の間でも相違がない。
——野党の李代表にも司法リスクがある。
李代表は公職選挙法違反の疑いなどで複数の裁判を抱えている。公職選挙法上では、100万ウォン(約10万円)以上の罰金刑を受けた場合、被選挙権を5年間剝奪されることになっている。来年には、李氏の公職選挙法違反(1審では懲役1年・執行猶予2年の判決)に関する最高裁の判決が出る見込みで、与党としては、李氏の最高裁判決が出るのを待ってから大統領選挙に挑みたい思惑があるようだ。
ただ、仮に李氏が大統領選に出られなくても、野党は金東兗(キム・ドンヨン)京畿道知事や、金慶洙(キム・ギョンス)前慶尚南道知事など候補者の層が厚い。一方、与党は人気を落とした韓東勲代表や、呉世勲(オ・セフン)ソウル市長くらいで、「大統領に与(くみ)した政党」として評価される。尹氏の弾劾や退陣で、早期に大統領選挙が実施されることになれば、野党側が優勢となるのは間違いないだろう。
——日韓関係への影響は。
韓国の大統領選挙がいつになるかは読めないが、今の状況では保守派が勝つことは考えらず、野党からの大統領選出となりそうだ。野党の大統領選候補者は現時点で司法リスクがあるものの李代表が最有力だ。
李代表は、尹氏の対日政策について「屈辱外交」としており、徴用工問題の解決策などがご破算になることも考えられる。政治が代わることで、岸田文雄前政権と尹政権が築き上げた良好な日韓関係も後退する可能性がある。
米国では来年1月に、同盟国に対しても「取引的」に臨むトランプ氏の大統領再任を控えている。安保協力に向けて日韓による関係強化が必要な局面となるが、韓国政局の混乱により外交的停滞は避けられなくなった。韓国の政治的な空白が続くようだと、東アジアの安保情勢も不安定になるだろう。(聞き手=中村公、岡本あんな)
ソウル市鍾路区にある憲法裁判所。尹氏の弾劾審判となれば罷免の判断が下される可能性が高い=9日、韓国・ソウル(NNA撮影)
<プロフィル>
浅羽祐樹:同志社大学グローバル地域文化学部教授。専門は、韓国政治・比較政治学・国際関係論。立命館大学国際関係学部卒業。ソウル大学校社会科学大学政治学科博士課程修了。Ph.D(政治学)。新著は、『比較のなかの韓国政治』(有斐閣、2024年)。
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与党は、野党に政権を渡したくないという党派的な判断により採決にすら参加しなかった。この対応を見た国民は「絶望感」を感じずにはいられなかっただろう。
韓国の憲法には「国家の利益を優先し、良心に従って職務を行う」という規定があるが、今回はその使命がまったく果たされなかったことになる。国民の怒りはこれから一段と強まりそうだ。
そんな中、弾劾案の再採決が行われれば、前回のように議場から退席して投票をボイコットするという行為は難しくなる。与党がいくら党議拘束をかけても、国民からの批判を恐れて、与党議員からは造反が大きくなる可能性がある。
——与党は尹氏の辞任まで国政を運営するという。
韓東勲(ハン・ドンフン)代表は、国務総理である韓悳洙(ハン・ドクス)首相と緊密に協議しながら今後の国政を運営する方針を示した。ただ、大統領が弾劾訴追されていない中、国務総理と与党が内政や外交を担うのは憲法上、想定されていないことだ。
大統領が「闕位」(けつい)「事故」でもないのに、「大統領を補佐する」立場の国務総理が、国政を運営することは憲法違反になる可能性もある。なにより、国民や野党がこうした方法を受け入れるはずもないため、デッドロック(行き詰まり)が続く。
——尹氏の法的責任は。
尹大統領の非常戒厳宣布は明白な憲法77条の違反で、「self—coup」(自主クーデター)に該当する。憲法裁判所での弾劾審判となれば、「重大な法令違反」と認められ、罷免の判断が下されるだろう。
2017年の朴槿恵(パク・クネ)元大統領の審判の際は、朴氏が友人である崔順実(チェ・スンシル、現在はチェ・ソウォンに改名)氏の利益追求に関与したことの重大性が認められ、全員一致で罷免が妥当と判断された。尹氏の非常戒厳宣布は、朴氏の違反と比べものにならないほどの「重大な法令違反」であり、この見解は韓国の保守・進歩関係なく憲法専門家の間でも相違がない。
——野党の李代表にも司法リスクがある。
李代表は公職選挙法違反の疑いなどで複数の裁判を抱えている。公職選挙法上では、100万ウォン(約10万円)以上の罰金刑を受けた場合、被選挙権を5年間剝奪されることになっている。来年には、李氏の公職選挙法違反(1審では懲役1年・執行猶予2年の判決)に関する最高裁の判決が出る見込みで、与党としては、李氏の最高裁判決が出るのを待ってから大統領選挙に挑みたい思惑があるようだ。
ただ、仮に李氏が大統領選に出られなくても、野党は金東兗(キム・ドンヨン)京畿道知事や、金慶洙(キム・ギョンス)前慶尚南道知事など候補者の層が厚い。一方、与党は人気を落とした韓東勲代表や、呉世勲(オ・セフン)ソウル市長くらいで、「大統領に与(くみ)した政党」として評価される。尹氏の弾劾や退陣で、早期に大統領選挙が実施されることになれば、野党側が優勢となるのは間違いないだろう。
——日韓関係への影響は。
韓国の大統領選挙がいつになるかは読めないが、今の状況では保守派が勝つことは考えらず、野党からの大統領選出となりそうだ。野党の大統領選候補者は現時点で司法リスクがあるものの李代表が最有力だ。
李代表は、尹氏の対日政策について「屈辱外交」としており、徴用工問題の解決策などがご破算になることも考えられる。政治が代わることで、岸田文雄前政権と尹政権が築き上げた良好な日韓関係も後退する可能性がある。
米国では来年1月に、同盟国に対しても「取引的」に臨むトランプ氏の大統領再任を控えている。安保協力に向けて日韓による関係強化が必要な局面となるが、韓国政局の混乱により外交的停滞は避けられなくなった。韓国の政治的な空白が続くようだと、東アジアの安保情勢も不安定になるだろう。(聞き手=中村公、岡本あんな)
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<プロフィル>
浅羽祐樹:同志社大学グローバル地域文化学部教授。専門は、韓国政治・比較政治学・国際関係論。立命館大学国際関係学部卒業。ソウル大学校社会科学大学政治学科博士課程修了。Ph.D(政治学)。新著は、『比較のなかの韓国政治』(有斐閣、2024年)。"
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