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首相解職、近く指名選挙へ鍵は最大野党票、与野党で綱引き

タイの憲法裁判所は8月29日、職務停止中だったペートンタン首相の解職を支持する判決を下した。6月中旬にカンボジアとの国境問題を巡って流出した発言が倫理基準に反すると判断された。ペートンタン氏は失職し、近く下院で首相指名選挙が行われる。6月に連立を離脱したタイ誇り党(名誉党)が最大野党・国民党の支援を期待し政権奪取を画策する中、与党タイ貢献党も国民党票の取り込みに動いている。

首相を解任されたぺートンタン氏(左)と、政権奪取を狙うタイ誇り党のアヌティン党首(タイ政府提供)

憲法裁は9人中6人がペートンタン氏の解職を支持した。支持した6人全員が、憲法で定めた閣僚の資格要件のうち倫理基準への重大な違反があったと認定した。うち2人は誠実性の要件にも違反したと判断した。
カンボジアとの国境紛争を巡り、ペートンタン氏がカンボジアのフン・セン上院議長(前首相)と非公式で電話会談した際の音声が6月に流出した。発言の内容を問題視した上院議員36人が首相の解任を憲法裁に求め、憲法裁は7月1日、ペートンタン氏の職務の一時停止を命じた。
ペートンタン氏は判決後の記者会見で、決定を受け入れると述べた。「フン・セン氏との会話では個人的な利益を求めたわけではない」と強調した。タクシン元首相派の貢献党政権での倫理基準違反による首相の失職は、24年8月に解任されたセーター氏に続いて2人連続となった。
■国民党「与党入りせず」
憲法裁の決定を受け、連立政権ではプムタム副首相兼内相が首相代行を務める。近日中に首相指名選挙が下院で実施される。2023年の総選挙で各党に指名され、今回の首相指名選挙の候補になる可能性があるのは5人。そのうちインラック政権で法相を務めた貢献党のチャイカセム氏、誇り党のアヌティン党首の2人が有力だ。
現在の下院議席数は492で、過半数は247。最大与党のタイ貢献党は140議席、誇り党は69議席を持つ。
キャスチングボートを握るのが、下院最多の143議席を持つ民主派の国民党だ。国民党はペートンタン氏の解職判決後、首相候補に投票する3条件として◇4カ月以内に下院を解散し総選挙に臨む◇軍政下で制定された2017年憲法の改正是非を問う国民投票を総選挙までに実施する◇国民党は与党入りせず、野党としての立場を維持する——を示した。
6月に貢献党との対立で連立政権を離脱し、野党第2党となった誇り党は国民党の引き込みに急ぐ。29日には国民党の提示条件を「受け入れる」と表明し、アヌティン氏の首相指名に必要な票数を確保したと発表。一方、国民党は30日、「いかなる政党とも合意には至っていない」と誇り党への投票確約を否定した。
与党から誇り党陣営への離反の動きも出ている。連立与党に参加するクラータム党はアヌティン氏支持を表明した。貢献党の一部議員も同調する。
■貢献党も国民党票確保で対抗
貢献党も国民党票の獲得に向け、同党が提示した3条件に「上乗せ」して誇り党に対抗する姿勢を表明している。◇1997年民主憲法を下敷きに憲法改正案を起草し、改正の迅速化を図るかどうかの国民投票を実施する◇カンボジア政府との間で2001年に調印し、親軍政党が破棄を求め政権の火種となってきた、陸上国境や大陸棚の領有に関する「覚書43・44」についても国民投票で維持の是非を問う◇誇り党が関与したとみられる24年の上院選挙共謀疑惑やカオクラドン土地紛争に関する法的手続きを迅速に進める——などを提示し、国民党の自陣引き込みを狙う。8月31日には同党と幹部間の協議を開いた。
国民党は1日午後に党幹部と議員の会合を開き、党方針を決定するとしている。
■世論は軍に傾斜
世論では、カンボジアとの対立を招いた貢献党が主導する政権への信頼感が急速に低下する一方、軍への信頼感が上昇している。国家開発行政研究所が8月上旬に実施した世論調査では、次期首相に望む人としてトップに上がったのはプラユット元首相(現枢密院議員、元陸軍司令官)で、32.8%が支持した。プラユット氏も今回の首相指名選挙での候補となり得るが、表立った動きを見せていない。
同調査でのアヌティン氏への支持は11.5%、チャイカセム氏は10.9%と両者とも低かった。アヌティン氏は上院選挙共謀疑惑など未解決の問題を抱える。チャイカセム氏は77歳と高齢の上、過去に不敬罪を定めた刑法112条の改正を支持したことがある点がマイナスに働く可能性がある。
8月31日には貢献党の新政権樹立に反対する市民団体が首都バンコクの戦勝記念塔周辺でデモを実施した。貢献党の首相候補の排除やカンボジアとの覚書43・44の破棄、貢献党が推進するカジノ法案の撤回などを訴えた。
デモ参加者の男性はNNAに対し、「タクシンは娘を通じて政府を操り、次の組閣にも影響を与えようとしている。その影響を取り除かなければならない」と訴えた。

反貢献党を掲げる市民団体がデモを実施した=8月31日、首都バンコク(NNA撮影)

■経済界は早期安定求める
経済界は政治空白を懸念し、早期の政権安定化を訴える。タイ工業連盟(FTI)は8月29日に発表した声明で、首相の解職を受け、「タイ経済が一段と高いリスクに直面している」と訴えた。政治の不安定化は国内外の投資家の信頼感に影響を与えると強調。クリアンクライ会長は、新政権の樹立が遅れれば、「米国との貿易交渉やカンボジアとの国境問題の解決、洪水対策、経済回復といった重要政策の進展が阻害される」と述べ、早期の政治安定を求めた。
クルンシィ証券は、後任首相が数週間以内に選出された場合には、26年度予算(25年10月~26年9月)の承認は1~2カ月遅れですみ、公共投資への影響は軽微と分析した。一方で暫定政権を経て議会が解散され総選挙となり、政治的空白が生まれる場合を「最悪のケース」とし、26年度予算は廃案となって新規の公共投資が停止する恐れがあると予測した。

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■貢献党も国民党票確保で対抗
貢献党も国民党票の獲得に向け、同党が提示した3条件に「上乗せ」して誇り党に対抗する姿勢を表明している。◇1997年民主憲法を下敷きに憲法改正案を起草し、改正の迅速化を図るかどうかの国民投票を実施する◇カンボジア政府との間で2001年に調印し、親軍政党が破棄を求め政権の火種となってきた、陸上国境や大陸棚の領有に関する「覚書43・44」についても国民投票で維持の是非を問う◇誇り党が関与したとみられる24年の上院選挙共謀疑惑やカオクラドン土地紛争に関する法的手続きを迅速に進める——などを提示し、国民党の自陣引き込みを狙う。8月31日には同党と幹部間の協議を開いた。
国民党は1日午後に党幹部と議員の会合を開き、党方針を決定するとしている。
■世論は軍に傾斜
世論では、カンボジアとの対立を招いた貢献党が主導する政権への信頼感が急速に低下する一方、軍への信頼感が上昇している。国家開発行政研究所が8月上旬に実施した世論調査では、次期首相に望む人としてトップに上がったのはプラユット元首相(現枢密院議員、元陸軍司令官)で、32.8%が支持した。プラユット氏も今回の首相指名選挙での候補となり得るが、表立った動きを見せていない。
同調査でのアヌティン氏への支持は11.5%、チャイカセム氏は10.9%と両者とも低かった。アヌティン氏は上院選挙共謀疑惑など未解決の問題を抱える。チャイカセム氏は77歳と高齢の上、過去に不敬罪を定めた刑法112条の改正を支持したことがある点がマイナスに働く可能性がある。
8月31日には貢献党の新政権樹立に反対する市民団体が首都バンコクの戦勝記念塔周辺でデモを実施した。貢献党の首相候補の排除やカンボジアとの覚書43・44の破棄、貢献党が推進するカジノ法案の撤回などを訴えた。
デモ参加者の男性はNNAに対し、「タクシンは娘を通じて政府を操り、次の組閣にも影響を与えようとしている。その影響を取り除かなければならない」と訴えた。
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