インドネシア経営者協会(Apindo)のシンタ会長は8月中旬、NNAのインタビューに応じ、トランプ米大統領の各国に対する関税措置が「商機にもなり得る」と語った。2国間交渉で19%の関税が課されたが、競合国と比べると低水準。それでも同国の対米輸出の主力は繊維製品や食用油など労働集約型産業で、雇用がどのような悪影響を受けるかが最大の懸念事項だ。「不平等合意」に翻弄(ほんろう)されるが、輸出の多様化などで経済ショックを回避できると見込む。
——米国は8月7日、各国に対する追加の「相互関税」を発動した。税率をどう見ているか。
インドネシア経営者協会(Apindo)のシンタ会長=8月19日、インドネシア・ジャカルタ(NNA撮影)
インドネシア政府の交渉により当初予定の32%から19%に下がったが、東南アジア諸国連合(ASEAN)加盟国ではタイやマレーシアなどと同じで、ベトナム(20%)との差はわずかだ。一方、インドの25%(編注:ロシア産原油の購入に対する制裁として8月27日に50%へと引き上げ)と比べると競争力があり、競合国との税率の差が追い風にもなり得る。
2国間交渉により各国がより良い税率を引き出そうとしており、全容はまだはっきりしていない。インドネシア政府も当然、米国での生産量が少ないパーム油やコーヒー豆、カカオなどを相互関税の対象外とするよう訴えている。交渉はまだ終わっていない。
世界的な影響が大きい中国の税率の行方は不透明だ。米国が中国に高関税を課せば、だぶついた中国製品がインドネシア市場などに流入してしまい、反ダンピング(不当廉売)措置などを発動せざるを得なくなる可能性もある。
——追加関税の発動で、インドネシア経済への影響はどうなる。
最大の懸念は雇用への打撃だ。インドネシア経済は近年不調で、雇用不安が広がっている中で追い打ちとなる恐れがある。多くの企業が大量解雇を余儀なくされ、経済が不安定化することを心配している。
インドネシアの輸出額のうち、対米依存度は1割程度と比較的小さい。ただ、同国への主要輸出品目は繊維・繊維製品やパーム油、水産物、家具など労働集約型産業が連なり、米国市場への依存度が大きい分野も多い。各品目で、新たな輸出先の開拓は急務となる。
米国との交渉でインドネシアは、米国製品に対する関税撤廃など「不平等合意」を強いられた。対米貿易黒字の縮小に向け、同国からの輸入拡大にも合意したが、他国から調達してきた一部品目を米国に切り替えることで全体的な貿易収支への影響は少ないと見ている。
——雇用を守るためにどのような対策を進めるべきか。
政府に対しては、打撃を受ける労働集約型産業に対する優遇措置を要請している。大量解雇が発生してしまえば、労働者の働き口を見つけるための新たな職業訓練などに時間がかかり、社会を不安定化させかねない。
ただ、結局は投資誘致だ。インドネシアでは毎年、200万~300万人に対する雇用機会を提供しなければならない。外資を呼び込むためには規制緩和やデジタル化などによるビジネス環境の改善が不可欠だ。
競合国の状況を見極めつつ、経済改革を推進しなければならない。例えばベトナムの労働時間は週48時間以内と定められており、40時間労働のインドネシアは生産性を高めなければ競争力を発揮できない。
■経済でも全方位外交
——インドネシアは投資誘致で「中国びいき」との声もある。
中国が投資に非常に積極的なことは事実だ。中国製の電気自動車(EV)が流入しており、比亜迪(BYD)などの工場の建設が進む。鉱業では、政府の下流化(高付加価値化)政策に沿って、重要鉱物であるニッケルの製錬所建設にも中国企業が投資している。
ただ、インドネシアは各国からの投資を願っており、特定の国に偏ることは望んでいない。プラボウォ大統領は常々、「1,000人の友は少なすぎるが、1人の敵は多すぎる」と話している。
日本はインドネシア投資で長期的なプレーヤーであり、日本の大手各社が現地で事業を展開している。日本は非常に一貫性のある、重要なパートナーだ。
インドネシア初の高速鉄道の受注競争では、資金調達などで判断が迅速な中国企業に軍配が上がった。ただ、インドネシアとしては、パートナー国を分散したいという思いがあり、現状で中国に機運があるだけと認識している。
——中長期的な経済発展に向け、インドネシアはどの分野で投資を呼び込んでいくのか。
各産業の高度化につながる投資が歓迎される。鉱業の下流化政策は、付加価値の低い鉱石を輸出するのではなく、加工産業を発展させようという試みだ。ただ、下流化は鉱業に限らず、農水産業や工業など多岐にわたる。インフラでは地熱発電所の開発計画が進んでおり、日本への期待も大きい。(聞き手=小故島弘善、Merliyani Pertiwi)
object(WP_Post)#9819 (24) {
["ID"]=>
int(28655)
["post_author"]=>
string(1) "3"
["post_date"]=>
string(19) "2025-09-08 00:00:00"
["post_date_gmt"]=>
string(19) "2025-09-07 15:00:00"
["post_content"]=>
string(6320) "インドネシア経営者協会(Apindo)のシンタ会長は8月中旬、NNAのインタビューに応じ、トランプ米大統領の各国に対する関税措置が「商機にもなり得る」と語った。2国間交渉で19%の関税が課されたが、競合国と比べると低水準。それでも同国の対米輸出の主力は繊維製品や食用油など労働集約型産業で、雇用がどのような悪影響を受けるかが最大の懸念事項だ。「不平等合意」に翻弄(ほんろう)されるが、輸出の多様化などで経済ショックを回避できると見込む。
——米国は8月7日、各国に対する追加の「相互関税」を発動した。税率をどう見ているか。
[caption id="attachment_28677" align="aligncenter" width="620"]
インドネシア経営者協会(Apindo)のシンタ会長=8月19日、インドネシア・ジャカルタ(NNA撮影)[/caption]
インドネシア政府の交渉により当初予定の32%から19%に下がったが、東南アジア諸国連合(ASEAN)加盟国ではタイやマレーシアなどと同じで、ベトナム(20%)との差はわずかだ。一方、インドの25%(編注:ロシア産原油の購入に対する制裁として8月27日に50%へと引き上げ)と比べると競争力があり、競合国との税率の差が追い風にもなり得る。
2国間交渉により各国がより良い税率を引き出そうとしており、全容はまだはっきりしていない。インドネシア政府も当然、米国での生産量が少ないパーム油やコーヒー豆、カカオなどを相互関税の対象外とするよう訴えている。交渉はまだ終わっていない。
世界的な影響が大きい中国の税率の行方は不透明だ。米国が中国に高関税を課せば、だぶついた中国製品がインドネシア市場などに流入してしまい、反ダンピング(不当廉売)措置などを発動せざるを得なくなる可能性もある。
——追加関税の発動で、インドネシア経済への影響はどうなる。
最大の懸念は雇用への打撃だ。インドネシア経済は近年不調で、雇用不安が広がっている中で追い打ちとなる恐れがある。多くの企業が大量解雇を余儀なくされ、経済が不安定化することを心配している。
インドネシアの輸出額のうち、対米依存度は1割程度と比較的小さい。ただ、同国への主要輸出品目は繊維・繊維製品やパーム油、水産物、家具など労働集約型産業が連なり、米国市場への依存度が大きい分野も多い。各品目で、新たな輸出先の開拓は急務となる。
米国との交渉でインドネシアは、米国製品に対する関税撤廃など「不平等合意」を強いられた。対米貿易黒字の縮小に向け、同国からの輸入拡大にも合意したが、他国から調達してきた一部品目を米国に切り替えることで全体的な貿易収支への影響は少ないと見ている。
——雇用を守るためにどのような対策を進めるべきか。
政府に対しては、打撃を受ける労働集約型産業に対する優遇措置を要請している。大量解雇が発生してしまえば、労働者の働き口を見つけるための新たな職業訓練などに時間がかかり、社会を不安定化させかねない。
ただ、結局は投資誘致だ。インドネシアでは毎年、200万~300万人に対する雇用機会を提供しなければならない。外資を呼び込むためには規制緩和やデジタル化などによるビジネス環境の改善が不可欠だ。
競合国の状況を見極めつつ、経済改革を推進しなければならない。例えばベトナムの労働時間は週48時間以内と定められており、40時間労働のインドネシアは生産性を高めなければ競争力を発揮できない。
■経済でも全方位外交
——インドネシアは投資誘致で「中国びいき」との声もある。
中国が投資に非常に積極的なことは事実だ。中国製の電気自動車(EV)が流入しており、比亜迪(BYD)などの工場の建設が進む。鉱業では、政府の下流化(高付加価値化)政策に沿って、重要鉱物であるニッケルの製錬所建設にも中国企業が投資している。
ただ、インドネシアは各国からの投資を願っており、特定の国に偏ることは望んでいない。プラボウォ大統領は常々、「1,000人の友は少なすぎるが、1人の敵は多すぎる」と話している。
日本はインドネシア投資で長期的なプレーヤーであり、日本の大手各社が現地で事業を展開している。日本は非常に一貫性のある、重要なパートナーだ。
インドネシア初の高速鉄道の受注競争では、資金調達などで判断が迅速な中国企業に軍配が上がった。ただ、インドネシアとしては、パートナー国を分散したいという思いがあり、現状で中国に機運があるだけと認識している。
——中長期的な経済発展に向け、インドネシアはどの分野で投資を呼び込んでいくのか。
各産業の高度化につながる投資が歓迎される。鉱業の下流化政策は、付加価値の低い鉱石を輸出するのではなく、加工産業を発展させようという試みだ。ただ、下流化は鉱業に限らず、農水産業や工業など多岐にわたる。インフラでは地熱発電所の開発計画が進んでおり、日本への期待も大きい。(聞き手=小故島弘善、Merliyani Pertiwi)"
["post_title"]=>
string(84) "米関税を商機に、雇用が焦点経営者協会会長「不平等合意も」"
["post_excerpt"]=>
string(0) ""
["post_status"]=>
string(7) "publish"
["comment_status"]=>
string(4) "open"
["ping_status"]=>
string(4) "open"
["post_password"]=>
string(0) ""
["post_name"]=>
string(198) "%e7%b1%b3%e9%96%a2%e7%a8%8e%e3%82%92%e5%95%86%e6%a9%9f%e3%81%ab%e3%80%81%e9%9b%87%e7%94%a8%e3%81%8c%e7%84%a6%e7%82%b9%e7%b5%8c%e5%96%b6%e8%80%85%e5%8d%94%e4%bc%9a%e4%bc%9a%e9%95%b7%e3%80%8c%e4%b8%8d"
["to_ping"]=>
string(0) ""
["pinged"]=>
string(0) ""
["post_modified"]=>
string(19) "2025-09-08 04:00:10"
["post_modified_gmt"]=>
string(19) "2025-09-07 19:00:10"
["post_content_filtered"]=>
string(0) ""
["post_parent"]=>
int(0)
["guid"]=>
string(34) "https://nnaglobalnavi.com/?p=28655"
["menu_order"]=>
int(0)
["post_type"]=>
string(4) "post"
["post_mime_type"]=>
string(0) ""
["comment_count"]=>
string(1) "0"
["filter"]=>
string(3) "raw"
}
- 国・地域別
-
インドネシア情報
- 内容別
-
ビジネス全般人事労務