インフラ補修などを手がけるショーボンドホールディングスなどが出資し、タイで構造物の修繕事業を手がける「CPAC SB&Mライフタイム・ソリューション」では、3月のミャンマー大地震後、高層建物の調査依頼の受注が急増している。地震の経験が乏しいタイでは専門人材が不足しており、日本で培った知見や技術が脚光を浴びている。専門家が首都バンコクの地盤特性や構造物設計への問題点を指摘する中、一部の建物オーナーの間では、「次の地震」に備える補強に踏み切る動きが広がっている。
3月の地震後は、建物のひび割れに関する調査依頼が相次いだ(CPAC SB&M提供)
CPAC SB&Mは、ショーボンドホールディングスと三井物産が共同出資で設立したSHO—BOND&MITインフラメンテナンス(SB&M、東京都中央区)と、タイの素材最大手サイアム・セメント(SCG)傘下のコンクリート・プロダクツ&アグリゲート(CPAC)による合弁会社だ。2020年に設立され、これまでに300件以上の調査、補修、補強を手がけた。
今年3月までは、建設後10年以上を経て劣化した工場などの調査、補修案件が依頼の8割以上を占めていた。それが地震の後、親会社であるSCGと三井物産を通じて、不動産デベロッパーやコンドミニアムのオーナー、大手ショッピングセンターからの引き合いが急増。対象は地震で被害を受けた高層建物で、築年数に関係なく相談が寄せられた。
最も多かったのは、地震で発生した「ひび割れ」に関する調査だった。CPAC SB&Mの中川吉紹ゼネラルマネジャーによると、ひび割れの中には建物の構造に影響を及ぼさないものもあれば、深刻な損傷につながるものもある。さらに、ひびの入り方によっても危険度が異なるという。地震経験の少ないタイではこうしたリスクを判別できる補修業者が少ないため、CPAC SB&Mでは日本で培った知見や調査手法を説明しながら対応している。
調査の結果、少なくない建物で補修が必要と判断され、CPAC SB&Mが請け負うことになった。同社では補修に、日本では一般的な「低圧注入工法」を採用している。注射器のような道具を用いてひび割れ内部に樹脂を注入する方法で、タイで主流の高圧注入工法よりも建物の強度を回復させる効果が高い。工程や付属品が多く、費用は高圧注入工法に比べて3~4割高くなるが、資産価値向上への投資と位置付けて発注する建物オーナーが増えてきているという。
技術者が「低圧注入工法」で橋脚を補修する様子(CPAC SB&M提供)
■オーナーの耐震意識が変化
東京大学で工学博士号を取得したアジア工科大学院(AIT)のペンヌン教授によると、3月の地震ではバンコクで数百棟の建物に被害が出た。ほとんどが間仕切り壁、天井、エスカレーターなど非構造部材の損傷だったが、約10棟では建物全体を支える構造壁に重大な被害が生じた。
震源のミャンマー中部から1,000キロメートル離れたバンコクでも被害が拡大したのは、地盤と構造物の条件が重なったためだ。バンコクは深さ800メートルに及ぶ大規模な堆積盆地の上にあり、「長周期地震動(長く大きな揺れ)」が増幅されやすい。さらに、高層建物は構造上、振動の周期が長く、長周期地震動と共振して揺れが増幅した。
バンコクでは07年に建造物の耐震設計が義務化され、それ以降に建設された建物は長周期地震動に耐えられる設計とされている。しかし、3月の地震後の実測では揺れの収まりを示す「臨界減衰比(0~100%で測定され、値が大きいほど揺れが早く収まる)」が1%と、耐震基準である2.5%を下回っていた。
こうした事態を受け、建物オーナーや事業者の間では、バンコクの構造物の脆弱(ぜいじゃく)性が認識されるようになった。その結果、一部で「次の地震」に備える動きが広がっている。
CPAC SB&Mの中川氏は、「現在は調査から補修の依頼が一段落し、次の災害に備えた補強の相談が増加している」と説明。「再び地震が起きても建物が安全かどうか確認したい」という要望に、現地調査や解析モデルの作成で対応しているという。
「特にコンドミニアムのオーナーの間で意識が変わっている」と同氏は指摘する。住民が低層住宅に移る動きが見られたことで、建物の資産価値を維持・向上するための投資として、耐震補強に関心が高まっている。
■インフラ事業へ参入
CPAC SB&Mは今後、ショーボンドが日本で豊富な実績を持つ道路・橋梁(きょうりょう)などの公共事業への展開を視野に入れている。建物に比べて被害は限定的だったものの、地震の後には道路管理者からも問い合わせが寄せられ、潜在的な需要が浮き彫りになった。耐震技術や点検手法のほか、「道路橋の重要度に応じて求められる耐震性能を区分する」という日本の仕組みにも関心が集まっているという。
一方、タイではインフラの老朽化が深刻で、地震に限らず事故が相次いでいる。トラックの過積載による負担増大も背景にあり、建設中の橋の崩落、高架橋のコンクリート片落下など、死者を出す事例も少なくない。
CPAC SB&Mでは、こうした社会課題の解決に事業機会を見込む。現在は8~9割の案件の予算が500万バーツ(約2,320万円)以下だといい、今後大規模なインフラ事業への参入を目指す考えだ。
CPAC SB&Mは、タイの研究機関などと協力し、地震の影響や被害防止に関するセミナーを開催している(写真はセミナー会場に設置された同社のブース)=9月、首都バンコク(NNA撮影)
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今年3月までは、建設後10年以上を経て劣化した工場などの調査、補修案件が依頼の8割以上を占めていた。それが地震の後、親会社であるSCGと三井物産を通じて、不動産デベロッパーやコンドミニアムのオーナー、大手ショッピングセンターからの引き合いが急増。対象は地震で被害を受けた高層建物で、築年数に関係なく相談が寄せられた。
最も多かったのは、地震で発生した「ひび割れ」に関する調査だった。CPAC SB&Mの中川吉紹ゼネラルマネジャーによると、ひび割れの中には建物の構造に影響を及ぼさないものもあれば、深刻な損傷につながるものもある。さらに、ひびの入り方によっても危険度が異なるという。地震経験の少ないタイではこうしたリスクを判別できる補修業者が少ないため、CPAC SB&Mでは日本で培った知見や調査手法を説明しながら対応している。
調査の結果、少なくない建物で補修が必要と判断され、CPAC SB&Mが請け負うことになった。同社では補修に、日本では一般的な「低圧注入工法」を採用している。注射器のような道具を用いてひび割れ内部に樹脂を注入する方法で、タイで主流の高圧注入工法よりも建物の強度を回復させる効果が高い。工程や付属品が多く、費用は高圧注入工法に比べて3~4割高くなるが、資産価値向上への投資と位置付けて発注する建物オーナーが増えてきているという。
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技術者が「低圧注入工法」で橋脚を補修する様子(CPAC SB&M提供)[/caption]
■オーナーの耐震意識が変化
東京大学で工学博士号を取得したアジア工科大学院(AIT)のペンヌン教授によると、3月の地震ではバンコクで数百棟の建物に被害が出た。ほとんどが間仕切り壁、天井、エスカレーターなど非構造部材の損傷だったが、約10棟では建物全体を支える構造壁に重大な被害が生じた。
震源のミャンマー中部から1,000キロメートル離れたバンコクでも被害が拡大したのは、地盤と構造物の条件が重なったためだ。バンコクは深さ800メートルに及ぶ大規模な堆積盆地の上にあり、「長周期地震動(長く大きな揺れ)」が増幅されやすい。さらに、高層建物は構造上、振動の周期が長く、長周期地震動と共振して揺れが増幅した。
バンコクでは07年に建造物の耐震設計が義務化され、それ以降に建設された建物は長周期地震動に耐えられる設計とされている。しかし、3月の地震後の実測では揺れの収まりを示す「臨界減衰比(0~100%で測定され、値が大きいほど揺れが早く収まる)」が1%と、耐震基準である2.5%を下回っていた。
こうした事態を受け、建物オーナーや事業者の間では、バンコクの構造物の脆弱(ぜいじゃく)性が認識されるようになった。その結果、一部で「次の地震」に備える動きが広がっている。
CPAC SB&Mの中川氏は、「現在は調査から補修の依頼が一段落し、次の災害に備えた補強の相談が増加している」と説明。「再び地震が起きても建物が安全かどうか確認したい」という要望に、現地調査や解析モデルの作成で対応しているという。
「特にコンドミニアムのオーナーの間で意識が変わっている」と同氏は指摘する。住民が低層住宅に移る動きが見られたことで、建物の資産価値を維持・向上するための投資として、耐震補強に関心が高まっている。
■インフラ事業へ参入
CPAC SB&Mは今後、ショーボンドが日本で豊富な実績を持つ道路・橋梁(きょうりょう)などの公共事業への展開を視野に入れている。建物に比べて被害は限定的だったものの、地震の後には道路管理者からも問い合わせが寄せられ、潜在的な需要が浮き彫りになった。耐震技術や点検手法のほか、「道路橋の重要度に応じて求められる耐震性能を区分する」という日本の仕組みにも関心が集まっているという。
一方、タイではインフラの老朽化が深刻で、地震に限らず事故が相次いでいる。トラックの過積載による負担増大も背景にあり、建設中の橋の崩落、高架橋のコンクリート片落下など、死者を出す事例も少なくない。
CPAC SB&Mでは、こうした社会課題の解決に事業機会を見込む。現在は8~9割の案件の予算が500万バーツ(約2,320万円)以下だといい、今後大規模なインフラ事業への参入を目指す考えだ。
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